天気 晴
なぜ下高井戸かというと・・昭和初期、虚子一門が「武蔵野探勝会」と称しての吟行句会を行った。その記録は綿密に残されていて本にもなっている。その場所をたどってみよう、という句会の有志の吟行。昭和6年に下高井戸の玉川上水付近を歩き、広大な庭を持つ「吉田屋」という料亭で句会をしたのだそうだ。
今は、このあたりの玉川上水は暗渠になっていて、その上が写真のように緑地帯で公園となっている。そのすぐそばを高速道と国道(甲州街道)が走っていて、静かな佇まいとは裏腹に騒音は凄い。無論「吉田屋」の影もかたちもない。
でも、八重桜が残っており、新緑になりゆく木々が眩しくてもう初夏の雰囲気だった。
北へ行くと神田川の上流になっていて、そこの遊歩道もまた新緑の道。句作の季語も春と初夏が同居することになってしまった。
40年以上前に京王線沿線に少しだけ住んだことがあるが、こんな機会でもなければ行けないところ。企画の幹事さんに感謝。
新緑のことに楓の眩しき日 KUMI
なぜ下高井戸かというと・・昭和初期、虚子一門が「武蔵野探勝会」と称しての吟行句会を行った。その記録は綿密に残されていて本にもなっている。その場所をたどってみよう、という句会の有志の吟行。昭和6年に下高井戸の玉川上水付近を歩き、広大な庭を持つ「吉田屋」という料亭で句会をしたのだそうだ。
今は、このあたりの玉川上水は暗渠になっていて、その上が写真のように緑地帯で公園となっている。そのすぐそばを高速道と国道(甲州街道)が走っていて、静かな佇まいとは裏腹に騒音は凄い。無論「吉田屋」の影もかたちもない。
でも、八重桜が残っており、新緑になりゆく木々が眩しくてもう初夏の雰囲気だった。
北へ行くと神田川の上流になっていて、そこの遊歩道もまた新緑の道。句作の季語も春と初夏が同居することになってしまった。
40年以上前に京王線沿線に少しだけ住んだことがあるが、こんな機会でもなければ行けないところ。企画の幹事さんに感謝。
新緑のことに楓の眩しき日 KUMI