日田地区hあ、寒河江市役所の東約3kmmのところ
県道23号天童大江線(新寒河江街道)を東へ、国道112線を越えて最上川の手前が日田地区です
県道23号線沿いのコンビニから北側の道路を東へ集落の東端に細い道路を北へ進むと集落の東端、周りを農業ハウスに囲まれるように白山神社が鎮座します
鳥居前に
車を止めさせて頂きました

西側から近付きます



境内入口です

白山神社です

水盤です

金華山の石塔です(今回の山形県の取材では初めてです)

参道東に天満神社です

社殿です

説明版です
白山神社 十三級社
鎮座地 寒河江市大字日田字後田37-1
祭神 伊弉諾尊 伊弉冉尊 菊理姫命
祭礼日 5月3日
境内地446坪
由緒・沿革
永享元年新田義貞の子孫新田重通、下野国都賀郡吉田より移住の時、守護神として、楯南清浄の地を選び勧請したと伝えている。
重通の子孫代々楯を構え、寒河江大江氏に属して居たが、天正12年山形最上氏に攻められ常陸国水戸に走った。 最上氏の領地となった後も、崇敬元の如く、正徳3年3月再建となる。
神仏混淆の時代は波除け山堂と称した。明治3年神仏分離の法令に従い、社掌宥昌院修験を以って奉仕して来たが明治3年3月に復飾し松永氏となる。
明治6年5月村社に列せられる。
大正8年今までの社殿が、東向きを南向きに直し天保13年3月に建立された石の鳥居も現在地に移転し祭礼日に寒河江神楽を催す。
大正15年社殿を改築し銅板葺となし村中上げて盛大に祝したとある。
今は観世音は祭っていない。昭和63年12月関係者の協力を得て市道を拡巾し舗装して立派な参道となった。
農耕の神と崇敬し尊崇する所以である。
平成10年5月 宮司

十三夜塔、庚申塔、湯殿山、青面金剛塔などの石塔が並びます

古峰神社です



境内東端に目的のケヤキです




北側から

天然記念物標柱です

説明版です
日田白山神社ケヤキの古木
「日田白山神社ケヤキの古木」が平成22年7月、市指定天然記念物に指定されました。
ケヤキは、高さが25m、幹周りは5mあり、樹齢はおよそ600年と推定される巨木です。
当神社の神木としてみんなで大切にしましょう。
平成23年9月 日田白山神社



東側から



南東側から
では、次へ行きましょう
県道23号天童大江線(新寒河江街道)を東へ、国道112線を越えて最上川の手前が日田地区です
県道23号線沿いのコンビニから北側の道路を東へ集落の東端に細い道路を北へ進むと集落の東端、周りを農業ハウスに囲まれるように白山神社が鎮座します
鳥居前に


西側から近付きます




境内入口です


白山神社です


水盤です


金華山の石塔です(今回の山形県の取材では初めてです)


参道東に天満神社です


社殿です


説明版です
白山神社 十三級社
鎮座地 寒河江市大字日田字後田37-1
祭神 伊弉諾尊 伊弉冉尊 菊理姫命
祭礼日 5月3日
境内地446坪
由緒・沿革
永享元年新田義貞の子孫新田重通、下野国都賀郡吉田より移住の時、守護神として、楯南清浄の地を選び勧請したと伝えている。
重通の子孫代々楯を構え、寒河江大江氏に属して居たが、天正12年山形最上氏に攻められ常陸国水戸に走った。 最上氏の領地となった後も、崇敬元の如く、正徳3年3月再建となる。
神仏混淆の時代は波除け山堂と称した。明治3年神仏分離の法令に従い、社掌宥昌院修験を以って奉仕して来たが明治3年3月に復飾し松永氏となる。
明治6年5月村社に列せられる。
大正8年今までの社殿が、東向きを南向きに直し天保13年3月に建立された石の鳥居も現在地に移転し祭礼日に寒河江神楽を催す。
大正15年社殿を改築し銅板葺となし村中上げて盛大に祝したとある。
今は観世音は祭っていない。昭和63年12月関係者の協力を得て市道を拡巾し舗装して立派な参道となった。
農耕の神と崇敬し尊崇する所以である。
平成10年5月 宮司

十三夜塔、庚申塔、湯殿山、青面金剛塔などの石塔が並びます


古峰神社です




境内東端に目的のケヤキです





北側から


天然記念物標柱です


説明版です
日田白山神社ケヤキの古木
「日田白山神社ケヤキの古木」が平成22年7月、市指定天然記念物に指定されました。
ケヤキは、高さが25m、幹周りは5mあり、樹齢はおよそ600年と推定される巨木です。
当神社の神木としてみんなで大切にしましょう。
平成23年9月 日田白山神社



東側から




南東側から

では、次へ行きましょう

