ビーズうさぎのハナちゃんです!!

日々の生活、山登りや釣り、ドライブなどをアップします。ここの所、巨樹めぐりがメインですが!(汗)

高知県東洋町、野根乙乙「春日神社の大杉」(町指定)です!!

2024-07-31 19:04:17 | 巨樹・大木
 野根乙乙地区は東洋町役場の西南西約4kmのところですが、大きく山を迂回して行きます

 東洋町役場前から国道55号線(土佐東街)に出て南へ

 道成に約3.4kmの野根川の橋の手前を右(北西)へ、国道493号線です

 約2.9kmで斜め左(北西)へ、山の裾野を巻くように農道を進みます

 約600mで、道路左に東向きの参道で春日神社が鎮座します

 道路脇に車を止めさせて頂きました

 境内入口の石燈籠の間から入ります

 手水舎です

 手水舎の西側に目的のスギです

 説明版です
   春日神社の大杉
 1、樹令   約1000年
 2、胸高直径 250cm(幹周7.8m)
 3、樹高    45m
 (昭和43年3月5日東洋町文化財天然記念樹指定)
 当春日神社は宝永年間(AC1704)に奈良の春日大社より分社され、その後300年の永きにわたり名留川部落の「守り神」として多くの氏子により崇拝され続けて来た。
 境内に聳える4本の巨杉は何れも樹令1000年を数え、競って天空に枝を張り樹勢は益々旺盛である。
   高知県緑化推進委員会・東洋町教育委員会
     保存管理者 名留川部落

 鳥居です

 北東側から、太い注連縄が北側のスギと繋がっています

 北西側から、幹の先端が折れています
 
 西側から

 北側の一本を南西側から

 南側から二本を見ました

 拝殿です

 本殿です

 もう一枚説明版です
   春日神社の大杉・春日神社の流鏑馬
 *大杉の内容は同上です
   春日神社の流鏑馬神事(平成20年11月11日東洋町無形民俗文化財指定)
 流鏑馬は鎌倉時代から始まった神社への奉納神事である。
 走っている馬の上から矢を射るのは、県内では野根八幡宮と春日神社だけの貴重な伝統行事。
 一時期途絶えたこともあったが、平成3年流鏑馬保存協議会が組織され復活し現在に至っている。
  
 では、次へ行きましょう





 2024・6・11・15・55
 
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高知県東洋町、生見「西山神社のクスノキ」です!!

2024-07-31 12:33:14 | 巨樹・大木
 ここからは、いよいよ高知県に入ります、四国霊場巡りでは徳島は「阿波:発心の道場」そして高知県は「土佐:修行の道場」とされています。

 徳島県最南端の海陽町から国道55号線を南西に進んで高知県の東端に当たる東洋町に入りました

 県境から約4km、右手(西側)奥に白い建物の東洋町役場が見えました

 生見地区は、東洋町役場のある地区です、東洋町役場を東側の国道55号線に出て南へ進みます

 約250mで「ポンカン販売所」の前を右(西)へ入ります

 約300mで右て奥に津波避難タワーは見えますので右(北)へ

 道路左手に西山神社が鎮座します

 津波避難タワー前の広場に車を止めさせて頂きました

 西山神社の入り口です

 木々の間に目的のクスノキです

 説明版です
   生見「西山神社」のクス
 1、樹齢   300年(推定)
 2、胸高直径 210cm(幹囲6.6m)
 3、樹高   40.0m
 昔、30本のクスがあった。明治の世に総代の発案で20本を売却し材木にして船に積んだ。ところが、どうしても船が動かない。祈祷してみると神様が離さないからだと言う。
 それならばと神殿を海向きから山向きに変えると、船が動き当時の金で三千円という大金を手にすることができた。しかしこの総代の家は不幸が続き、家系が絶えたと言う。
 この神社は女人禁制で、もし女の人が境内に入ると、木がふるえ出し天にまき上げられると言われている。
      生見部落

 南側の西山神社境内から

 水盤です

 南向きに西山神社社殿です、元々は東側を向いていたのでしょうか 

 南西側から見上げました

 東側の道路に戻って、津波避難タワー前の北東側から

 北北東側から

 北側から

 北西側から見ました

 では、次へ行きましょう




 2024・6・11・15・35
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徳島県海陽町、久保松本「八坂神社夫婦楠」(町指定)です!!

2024-07-31 06:30:53 | 巨樹・大木
 久保松本地区は、海陽町町役場の南西約7kmのところ

 海陽町役場前の国道55号線(土佐東街道)で南へ室戸方面へ向かいます

 約6.7kmで信号を右(西)へ、県道301号久尾穴喰浦線です

 約500mで右手に東向きの穴喰八幡神社の参道が出ています、更に南へ

 約200mで「穴喰駅⇒」の標識に従って右(西)へ

 阿佐東線の高架を潜った約300mのところで右手に八坂神社の鳥居が見えました

 *阿佐東線(あさとうせん)は、海陽町の阿波海南駅から高知県安芸郡東洋町の甲浦駅ポートまでの区間(約10km)を、阿佐海岸鉄道の鉄道路線で運営しています。
 令和3年(2021)12月25日より、線路と道路を直通できるデュアル・モード・ビークルで運行され、阿波海南駅でJR牟岐線に連絡しています。

 境内に車を止めさせて頂きました

 境内は祇園山城跡(穴喰北城)です

 境内東端のクスノキです

 南西側から

 西側から

 天然記念物夫婦楠の石柱です

 説明版です
   町指定天然記念物
     八坂神社夫婦楠
 (概要)神殿をはさんで対照的に位置にあり一方が大きく、他方が少し小さいので夫婦楠と命名。
 大きい方の木は根元の周囲が約20mあり見事に根張りしており、目通りの高さの幹周囲は約7.5m、他の一方は神殿の右側にあり根元の周囲は約16m目通りの幹周囲は6.5m、両木とも樹形壮大にして樹勢は極めて旺盛で樹齢は約500年である。
     海陽町

 北西側から、説明版にある大きい方のクスノキです

 北側から

 手水舎です

 ニノ鳥居です

 拝殿です

 拝殿の西側に小さい方のクスノキです

 南東側から

 東側から

 北東側から

 北側から

 本殿への石段を上がって見ました


 本殿です

 祇園祭の石柱です

 境内社の地神宮です

 こちらの境内社の御名前は分かりませんでした

 こちらは大歳神社です

 こちらで掃き掃除をされていた方は、前の八幡神社でも掃き掃除をされていた方で「お疲れ様です」と声掛けさせて頂きたところ
 「埼玉からですか?」と、「八幡神社でも掃除されていましたよね!、大っきな木を取材させて頂いております」と色々お話を伺うことが出来ました

 では、次へ行きましょう

 
 2024・6・11・15・15

 ここまでの取材実績途中経過6月10日から6月11日の徳島県内分を追加しました
6月10日
別宮八幡神社のクスノキ 徳島県徳島市応神町中原宮ノ東31−1
中八幡神社のクス      徳島県徳島市国府町中226
春日の大樟         徳島県徳島市入田町春日135
第13番 大日寺     徳島県徳島市一宮町西丁263
第14番 常楽寺    徳島県徳島市国府町延命606
第15番 国分寺      徳島県徳島市国府町矢野718−1
第16番 観音寺    徳島県徳島市国府町観音寺49−2
第17番 井戸寺    徳島県徳島市国府町井戸北屋敷80−1
津田八幡神社のクスノキ 徳島県徳島市津田西町1丁目8−21
新浜本町のクスノキ 徳島市新浜本町
草創神社のムクノキ 徳島県徳島市方上町中内7−1
天王社のクスノキ 徳島県小松島市田野町宮ノ下
恩山寺 のビランジュ    徳島県小松島市田野町恩山寺谷40
第18番 恩山寺   徳島県小松島市田野町恩山寺谷40
立江八幡神社のクスノキ 徳島県小松島市立江町黒岩
第19番 立江寺      徳島県小松島市立江町
櫛淵天満神社のクスノキ   徳島県小松島市櫛渕町油免84
櫛淵八幡神社のクスノキ   徳島県小松島市櫛渕町太田41
第19番 鶴林寺      徳島県勝浦郡勝浦町生名鷲ケ尾14−14
坂本のオハツキイチョウ    徳島県勝浦郡勝浦町坂本稲原
久保の大杉        徳島県勝浦郡上勝町生実上野
6月11日
中大野町のクスノキ 徳島県阿南市中大野町北傍示
泉八幡宮のクスノキ 徳島県阿南市長生町露木
王子神社のホルトノキ 徳島県阿南市長生
千代の大杉         徳島県阿南市桑野町鳥居前7 桑野天神社境内入口
榊神社のクスノキ      徳島県阿南市山口町森国117
第20番 太龍寺      徳島県阿南市加茂町 龍山2
第21番 平等寺    徳島県阿南市新野町秋山177
轟神社のクスノキ 徳島県阿南市新野町北宮ノ久保2
月夜御水大師の大杉     徳島県阿南市新野町月夜139の南側
大宮八幡神社の大クス    徳島県阿南市福井町大宮100
大宮八幡神社のタブノキ   徳島県阿南市福井町大宮100
日和佐八幡神社の大楠 徳島県海部郡美波町日和佐浦369
日和佐八幡神社のクスノキ群 徳島県海部郡美波町日和佐浦369
日和佐海岸         徳島県海部郡美波町日和佐浦779
第22番 薬王寺     徳島県海部郡美波町奥河内寺前285−1
薬王寺の大楠 徳島県海部郡美波町奥河内寺前285−1
玉木神社の鳥居杉 徳島県海部郡美波町西河内丹前99の西約300m
牟岐町八幡神社のクスノキ 徳島県海部郡牟岐町川長天神前1八幡さんのクスノキ
宍喰八幡神社のクスノキ 徳島県海部郡海陽町宍喰浦松原14の北西200m
八坂神社夫婦楠 徳島県海部郡海陽町久保松本117ー1の東100m
  以上41件でした
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徳島県海陽町、久保久保「宍喰八幡神社のクスノキ」です!!

2024-07-30 18:34:27 | 巨樹・大木
 久保久保地区は、海陽町役場の南西約7kmのところ

 海陽町役場前の国道55号線(土佐東街道)で南へ室戸方面へ向かいます

 約6.7kmで信号を右(西)へ、県道301号久尾穴喰浦線です

 約500mで右手に東向きの穴喰八幡神社の参道が出ています

 一ノ鳥居です

 鳥居を入った境内に車を止めさせて頂きました

 参道右手の目的のクスノキです

 東側から

 南東側から

 南側から、樹高約15m、目通り幹囲6.1mの巨木です

 南西側から

 西側から

 北西側から

 西側から見ました

 拝殿前の建物です

 手水舎です

 ニノ鳥居です

  拝殿です


 本殿です

 本殿南側の境内社です

 本殿北側の境内は、左側から山神社・神明社・若宮社です
 
 住吉神社です

 こちらは金毘羅神社の様です

 拝殿脇からクスノキを見ました

 では、次へ行きましょう




 2024・6・11・15・00
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徳島県牟岐町、川長天神前「牟岐八幡神社・八幡さんのクスノキ」(町指定)です!!

2024-07-30 12:30:21 | 巨樹・大木
 川長天神前地区は、牟岐町役場の牟岐川対岸の東側に当たる地区です

 牟岐町役場の南側の道路を東へ、牟岐川の大川橋で東側へ、県道135号線です
 
 橋を渡って右(南南東)へ進ん、県道が左にカーブすると

 左手に広場があり、奥に八幡神社が南向きに鎮座します

 境内入口の津波避難マップです

 鳥居です

 参道左側に目的のクスノキです

 南東側から

 説明版です
   牟岐町指定天然記念物
     名称 八幡さんのクスノキ
       指定年月日 平成22年3月2日
 八幡神社は承久2年(1220)奈良八幡宮より勧請、クスノキの樹齢は500年と推定される。
 クスノキは境内の法面から、やや傾斜し、広場の一部を被うように幹が伸びて、樹形はよい。
 幹周(地上1.3m)は6.2m。樹高は15mぐらい。樹冠は東西27.3m。南北24.8mである。
 根元には、縦横1m、奥行き0.8mほどの洞窟がある。
 夏、秋の大祭には樹下に夜店が並び、夏には涼しい木陰を作り、「八幡さんのクスノキ」といって町民に親しまれている。
     平成24年1月24日    牟岐町教育委員会

    「二十三士」と八幡神社の楠
 元治元年(1864)清岡道之助を首領とする土佐勤王の志士「二十三士」が脱藩。
 阿波に入った一行は、穴喰の関所で止められ、国境警備兵に護られ当神社境内に移動。
 2・3人ずつ生田家他に分宿し、約1ヵ月間厳重な警戒のもとにおかれた。
                   牟岐町教育委員会

 東側から、大枝が折れたように切られています

 北東側から

 北側から、根元は下側も上側も石垣で堅められています

 拝殿前石段から見ました

 参道西側の手水舎です

 東側にも手水舎です

 拝殿前の石段です

 拝殿前には随神像です

 献馬像です

 本殿です
 *承久 2年(1220)に地頭が奈良の出身であった縁故により、手向山八幡宮(奈良県奈良市)を勧請し創建。
  元亀 2年(1571)に社殿を再建した。
  明治 6年(1873)に郷社に列す。
  大正 3年(1914)に6社の境内社と近在の5社を合祀した。
  昭和45年(1970)に社殿を改築しました。

 境内社です

 では、次へ行きましょう




2024・6・11・14・25

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徳島県美波町、西河内丹前「玉木(八幡)神社の鳥居杉」(町指定)です!!

2024-07-30 06:31:58 | 巨樹・大木
 西河内丹前地区は、美波町役場の西約2kmのところ

 美波町役場前から、「道の駅日和佐」前の信号で国道55号線を北北西へ出ます

 約700mの信号を左(西北西)へ、県道36号線です

 道成りに日和佐川に沿って約1.4km老人ホームの先で斜め左(西南西)へ農道に入ります

 約300mの丁字路を右(北)へ間も無く東向きで玉木(八幡)神社が鎮座します

 北側の河内公民館前に車を止めさせていただきました

 鳥居前です、鳥居の額には「玉木八幡神社」となっています、直ぐ後ろの目的の鳥居杉を見上げました
 

 鳥居両側に手水舎が有ります

 右側のスギ

 左側のスギです

 説明版です
   町指定文化財
     天然記念物 玉木神社の鳥居杉
       昭和36年4月1日指定
 玉木神社の建立は、観応2年(1351年)とされている。
 この取り急ぎは、その後のある時代の氏子らによって植えられて、数百年のあいだ保護されてきた。
 高さは約30m、周囲4.6mと5.2mの2本である。
     日和佐町教育委員会
     日和佐町文化財保護審議会
 *美波町は、海部郡日和佐町と由岐町が合併し、平成18年(2006)に誕生しました。

 右側のスギを南側から

 西側から、目通り幹囲4.6mの大木です

左側のスギを北側から

 西側から、目通り幹囲5.2mの巨木です

 南西側から、幹には大きな傷が出来ています

 南側から

 拝殿です


 本殿です

 舞殿(神楽殿)です

 本殿北側の公民館側にもスギの大木があります

 では、次へ行きましょう



 2024・6・11・13・50

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徳島県美波町、奥河内寺前「薬王寺の大楠」(町指定)です!!

2024-07-29 18:30:12 | 巨樹・大木
 奥河内寺前地区は、美波町役場の西南西約1kmのところ

 国道55号線の信号西側に薬王寺参道の仁王門が建っています

 すぐ南側の「薬王寺温泉 湯元 醫王の湯」の駐車場が参拝者用の駐車場となっています

 急な参道石段・女厄坂と男厄坂を上って来ました 

 薬王寺本堂前広場の東端にクスノキの大木が並んでいます

 北側のクスノキです、細い注連縄が巻かれています

 根元に「吉川英治文学碑」です、文面は・・・
 「おのおの尋ねている、法月弦之丞でござるが・・・」
 同心衆が来るのを待ち設けていた遍路が佇立している
 「今この境内で召捕られたふたりの縄付を、拙者の手へ渡してもらいたい」
 「文句をいわずに、弦之丞を召捕ってしまえ」
 吉川英治の代表作「鳴門秘帖」剣山の巻で遍路の歌と題して薬王寺を舞台に活劇を見せる傑作の一段である。
 ここ薬王寺は、文学上の阿波の名所として全国に知られている。

 南側のクスノキです

 南側から

 更に南側の十王堂前に目的の大楠です

 「町指定文化財薬王寺の大楠」の標柱です

 北側から、特徴的な大枝が南東側に出ています

 東側から、目通り幹囲5.5mの巨木です

 南東側から

 南側から

 西側から見上げました

 十王堂です

 十王堂南側(裏側)のクスノキです

 では、納経所に寄って次へ行きましょう




 2024・6・11・13・20
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徳島県美波町、奥河内寺前「四国八十八ヶ所第23番・薬王寺」です!!

2024-07-29 12:33:06 | 四国八十八霊場
 奥河内寺前地区は、美波町役場の西南西約1kmのところ

 美波町役場が国道55号線から東に離れた所にありますので、国道55号線を徳島市や阿南市側から南下してくると

 美波町市街地に入ってすぐ、国道55号線の信号西側に参道の仁王門が建っています

 すぐ南側の「薬王寺温泉 湯元 醫王の湯」の駐車場が参拝者用の駐車場となっています

 日和佐散策絵地図です、現在地は左端です、町役場が中央上側にあり、そして前回の大浜海岸や八幡神社は右端に載っています
 「薬王寺温泉 湯元 醫王の湯」で一汗流してから薬王寺にお参りしたいところでしたが、6月11日は「火曜日・定休」でした

 信号から参道入口仁王門です

 境内案内図ですが、薄れてしまっています

 手水です

 仁王門です

 説明版です
   弘法大師厄除御祈願所
 当薬王寺は、神亀3年(726)、行基菩薩が聖武天皇の勅願を受け、この地に巡錫し、一寺を建立された。
 弘仁6年(815)、弘法大師が42歳のとき、平城天皇の勅命によって本尊厄除薬師如来を刻んで開基なさった。
 当寺は、厄除根本御祈願所として、全国にその名を知られている。
 また、高野山真言宗の別格本山とされ、嵯峨上皇、淳和天皇は、厄除の祈願を願われ、土御門上皇は嘉禄2年、皇居として行在せられた。
 そして後醍醐天皇は、寛元元年当山の伽藍の再建をして、仁助親王が落慶の法莚に入られたと伝えられている。
       四国第23番霊場 別格本山 薬王寺

 日本遺産プレートです
日本遺産「四国遍路」
     四国霊場第23番札所 薬王寺 
 弘法大師空海ゆかりの霊場を巡る四国遍路は、四国を全周する全長1400kmにも及ぶ壮大な回遊型巡礼路であり、約1200年を越えて発展継承され、今なお人々ににより継続的に行われている。
 地域住民の温かい「お接待」を受けながら、国籍や宗教・宗派を超えて行われる四国遍路は世界でも類を見ない巡礼文化であり、2015年に日本の文化・伝統を語るストーリーの一つとして、日本遺産に認定された。
 第23番札所の薬王寺は、医王山無量寿院と号する真言宗寺院で、阿波最後の札所。
 弘法大師厄除の寺として広く信仰を集めている。
 春の彼岸の終わりから、紀州接待講による接待が行われることでも知られる。

 急な石段を上ります、一段づつに「一円玉」が置かれています

 一円玉の由来石碑がありますので合点がいきました、文面には・・・
 「石段を厄年の男女が織るように上下しており、登る者は一段のぼるごとに一枚ずつ一円アルミ硬貨をおとしてゆく」
 司馬遼太郎著「空海の風景」より

 右手の納経所への通路脇に鐘楼です

 参道の線香立てです、杵と石臼は何に使うものなのでしょうか

 また急な石段を上ります

 正面(南東向き)に本堂です

 本堂前左手に魚籃観音の像です

 本堂左(南)に神社の祠と同じ形の鎮守堂です

 大師堂です

 地蔵堂です

 六角堂です

 本堂右手(北側)に朱色の「瑜祇塔」を見ました

 多くの石仏の並ぶ十王堂です

 境内から市街地の眺めです

 日和佐城天守が見えました

 では、境内にある「大楠」を見て行きましょう





 2024・6・11・13・15

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徳島県美波町、日和佐浦「大浜海岸のアカウミガメ・産卵地」(国指定)です!!

2024-07-29 06:43:22 | ドライブ
 日和佐浦地区は、美波町役場の直ぐ東側のところ

 美波町役場前の道路を東へ進みます、約500mで左手に八幡神社が有ります

 境内に車を止めさせていただき、クスノキ群を取材しました

 更に東側にあるのが大浜海岸(日本の渚百選)です

 北側の浜辺です

 中ほど

 南側です

 国定公園の標柱です

 国定公園の案内板です
   室戸阿南海岸国定公園
     大浜海岸乗入れ規制地域(平成10年〔1998〕3月16日指定)
 ●乗入れ規制地域は、アカウミガメの産卵環境等の保護するために、自然公園法の規定に基づき、自動車、バイク等の乗入れが規制されている地域です。
 ●規制地域へこれから車両等が乗入れする場合は、事前に県知事の許可が必要です。
 ●農林漁業のための乗入れの場合は、手続きは不要です。
 国定公園の自然を守るため、ご協力をお願いします。
         環境庁・徳島県

 アカウミガメが産卵することで有名な浜で国指定の天然記念物に指定されています
   国指定文化財・天然記念物
     大浜海岸のアカウミガメおょびその産卵地
       昭和42年(1967年)8月16日指定
 大浜海岸は延長約500mの砂浜で、アカウミガメの上陸と、産卵地としての諸条件が整っていて、古来よりアカウミガメの産卵地となっている。
 当町は、カメが上陸するにあたり環境や保護の面において細心のこころ配りをしている。
 この大浜海岸は、5月から8月にかけて産卵のためアカウミガメの上陸があるが、産卵地としての国指定となっているのは、ここの「大浜海岸」と、「御前崎の浜(静岡県)」の2か所のみである。

 海岸線の道路を南へ

 アカウミガメの像です

 北側

 中ほど

 南側には小島が点在しています

 では、次へ行きましょう



 
 2024・6・11・12・55
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徳島県美波町、日和佐浦「日和佐八幡神社境内のクスノキ群」です!!

2024-07-28 18:40:35 | 巨樹・大木
 「八幡神社の大クス」から道路を東へ進むと


 南向きに日和佐八幡神社です

 手水舎です

 拝殿です

 本殿です

 説明版です
   日和佐八幡神社
 御祭神  主神 誉田別命  (応神天皇)
      母神 息長足姫命 (神功皇后)
      妻神 玉依姫命  (神武天皇の御母后)
 御神徳  交通安全 無病息災 家内安全 学業就授
 「由緒」正平6年(*1351)の創祀といわれ、もと八幡宮と称した。
 「阿波志」と「八幡祠日和射浦にあり。観応2年(*1351)置く」とあり。
 「四河内大小神社神体控」(薬王寺所蔵」)に「惣社八幡大菩薩、日和佐浦村、観応2年当院(薬王寺)に遷宮仕り来りし古き棟札の控あり、玉殿3宇、神体9体、祭神、仲哀天皇、応神天王、神功皇后」とある。(注*正平は南朝。観応は北朝の元号)
 四国霊場第24番札所最御崎寺、及び東京の国立博物館に所蔵の円卓に「歳次、干時、康暦元年(1379)5月、日己未、阿波国海部郡日和佐保、八幡宮、願主、神主、玄勝」と刻す。
 「海部郡取調廻在録」は「日和佐村。此村は和名抄に出たる和射郷名ならんか。されば連続する村・・・みしるし侍る。まつ日和佐は四河内と唱へ牟岐7ヶ村と唱ふ。其余には阿部浦、由岐浦里、木岐浦里なり。これらを往古は和射と唱えへしものなるはなほ海部郡名阿部などの考えは別冊とてさし上まつり候。神社八幡大神宮、祭祀、神功皇后、応神天皇、玉依姫命。
 観応2年の棟札流失と伝ふ。<永正17年棟札写し>奉造営日和佐八幡大神宮御社檀上棟永正7庚辰年 大願主松島五郎左衛門永真、源重弘、源真弘、源義家、弥次郎、神主、八郎、鍛冶六郎右衛門 大工 清原広家、氏郎右衛門と録す。
 「海部郡誌」には「日和佐は往古和射郷の中心であった地で、式内和耶(射)神社の所在地と推定されるところから、当八幡神社の前身は、式内和耶(射)神社ではないか」と。なお当神社は永正17年(1520)の棟札を所蔵している。
 例祭には、大神輿の渡御があり、桜町、東町など町内各地区から8台の「勇み太鼓」(ちょうさ)が練り、雄大な大浜海岸に出はやしたてる光景は、南国的な明朗で豪快な県内有数のスケールの大きな祭風景といえよう。

 境内東側の神輿舎前のクスノキです

 本殿北西側のクスノキです

 南東側から、太い注連縄が高いところに懸けられています

 東側から見上げました

 
 鳥居前に戻って境内南西側のクスノキ群です

 境内南側のクスノキ群です

 道路南側のクスノキの大木です

 参道東側の神輿庫前のクスノキです

 南に延びる参道の西側に天神社(菅原道真公)です

 二つ並んだ祠は、左が道祖神社(道㑨神)、右が淡島神社(木花咲耶姫命)のようです

 護国神社(御英霊)です

 護国神社建立趣旨が彫られています

 長い参道を進んで南側から大鳥居を見ました

 では、大浜海岸へ行ってみます



 2024・6・11・12・45
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徳島県美波町、日和佐浦「日和佐八幡神社の大楠」(町指定)です!!

2024-07-28 06:30:25 | 巨樹・大木
 日和佐浦地区は、美波町役場のすぐ東側の地区です

 美波町役場前の道路を東へ約400mで道路左側に目的の大楠が有ります

 駐車場は更に約100m東側の日和佐八幡神社境内に止めさせて頂きました

 境内は多くのクスノキに囲まれていますが道路を西に戻って来ました

 東側から

 南東側から

 天然記念物標柱です

 南側から

 南西側から、樹高約20m、目通り幹囲11.1mの巨木です

 西側から

 北西側から見ました

 南側の日和佐グラウンド入口にも2本のクスノキの大木です

 では、八幡神社へ戻りましょう



 2024・6・11・12・40
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徳島県阿南市、福井町大宮「大宮八幡神社の大クスとタブノキ」です!!

2024-07-27 18:37:05 | 巨樹・大木
 福井町大宮地区は、阿南市役所の南南西約11kmのところ

 阿南市役所前の「阿南市富岡町」信号を南西へ、県道23号線です

 約400mの「阿南警察署とみおか交番」前の信号を左(東南東)へ、県道130号線です

 道成りに約4.6kmの「阿南市津乃峰町」信号を右(南西)へ、国道55号線です

 約2.7kmで大谷山トンネルを貫けたインターチェンジを降りて右(南東)へ、またすぐ右(南西)へ、まだ国道55号線です
 道成りに約4kmで「⇐蒲生田岬17km」と「⇐椿泊・伊座利・県道26号線」の標識に従って左(東)へ

 約500mで左手に大宮八幡神社が東向きに鎮座します

 鳥居北側の駐車スペースに車を止めさせて頂きました

 鳥居です

 「郷社 大宮八幡神社」の社號標です

 社號標の後ろ側にタブノキです

 石段登り口から、タブノキは幹を失ってしまっています、かつて樹高13m、目通り幹囲5.3mを誇っていた面影は有りません

 石段を上ります

 石段を上り切った左手には苔むしたクスノキです

 手水舎です

 参道右手に目的のクスノキです

 南側から、幹がどうなってしまっているのか分かりません 

 「市指定天然記念物 福井町大宮八幡神社の大クス」の標柱です

 南西側から、目通り幹囲14mの巨木ですが、幹はスカスカです

 西側から

 北西側から、幹の下にもぐれそうですね

 献馬像です

 こちらも神馬舎です、中には黒馬像が祀られています

 拝殿です


 覆い屋の中に本殿を覗くことが出来ました 

 説明版です
   大宮八幡神社
 主祭神  誉田別命(応神天皇)
 例祭   夏祭   7月14・15日
      例大祭 10月第二土曜・日曜日
 本殿   神明流造
 境内   1520坪
 主要建物 本殿・幣殿・拝殿・旅殿・神馬舎・舞台・神輿庫
 神紋   三つ巴
 由緒   旧郷社・神饌弊帛料共進社。創立年代不詳。
 応永2年(1395)・大永5年(1525)の棟札の記録。
 藩政時代蜂須賀家より毎年米7斗5升の寄進あり。
 もと旧橘浦、下福井、椿地、椿泊、椿、五ケ村の氏神として大宮と呼ばれていた。
 「阿波志」に八幡祠福井下村にあり、大宮と称す。
 何年に置くを知らず応永2年、大永5年重複する、と。
 「寛保帳」に下福井村、大宮八幡宮と称するとある。
 明治3年12月大宮八幡神社と改称、郷社に列す。
 明治4年4月竜王神社外12社を合祀、境内にある楠木は樹齢2千年といわれ周囲20mに及ぶ。
 社宝として神面(木彫)を所蔵。
 飛地境内社に杉尾神社がある。

 では、次へ行きましょう



 2024・6・11・12・05
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徳島県阿南市、新野町「月夜御水大師の大杉」(市指定)です!!

2024-07-27 12:42:36 | 巨樹・大木
 新野町は、阿南市役所の南西約15kmのところです

 *JR牟岐線桑野駅近くの、国道195号線の「阿南市桑野町」信号からの説明とさせて頂きます

 国道195号線を西へ、道成りに進みます

 約2.8kmで「⇐22番札所・平等寺3km」の標識に従って交差点を斜め左(南西)へ、県道284号線です

 約2.8km道成りに進んで、桑野川を渡った先の信号を「川亦・県道35号線⇒」の標識に従って斜め右(南西)へ

 約300mの「⇐鉦打・県道284号線」の標識に従って信号を左へ

 道成りに約2.5kmで

 交差点の先の住宅の塀に歩き遍路さんへの案内板が貼られています

 前の道路脇に車を止めさせて頂きました

 入ると大きな樹冠が見えました

 大杉です

 「御水大師」の標柱です

 北側から

 西側から、目通り幹囲6.25mの巨木です

 南側から

 「弘法大師御手植杉」標柱です

 説明版です
   天然記念物 
     月夜御水大師の大杉(1樹)
       昭和44年7月18日市指定
 指定の理由
 高さ約31m、幹の回り約6.25m、樹齢約1000年と伝承されている。
 県内でも数少ない大杉である。すべての枝は、一度下を向いてから上に伸びていることから、別名逆杉(さかさすぎ)といわれている。
 伝説によると、弘仁2年(811)弘法大師が当地で薬師如来・不動尊を刻み、その杉を後世に残すため、枝をさしたものだといわれている。
   保存上の注意・・・樹皮をいためないようにしてください。
     阿南市教育委員会

 東側から

 月夜御水大師堂です

 石仏が並びます

 南側から離れて見ました

 では、次へ行きましょう



 2024・6・11・11・35
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徳島県阿南市、新野町北宮ノ久保「轟神社・新野のクスの群生」(県指定)です!!

2024-07-27 06:46:26 | 巨樹・大木
 新野町北宮ノ久保地区hあ、阿南市役所の南西約14kmのところ

 *JR牟岐線桑野駅近くの、国道195号線の「阿南市桑野町」信号からの説明とさせて頂きます

 国道195号線を西へ、道成りに進みます

 約2.8kmで「⇐22番札所・平等寺3km」の標識に従って交差点を斜め左(南西)へ、県道284号線です

 約2.7km道成りに進んだ、桑野川を渡った信号を右(西北西)へ

 商店街のなかの道路を約600mで阿波銀行前の変形十字路を直進方向(西南西)へ

 約200mで東向きに鎮座する轟神社参道です

 鳥居前道路脇に車を止めさせて頂きました

 長い参道を進みます

 手水舎です

 轟神社社號標です

 境内北側にクスノキが並んでいます

 説明版です
   県指定天然記念物(植物)
     新野のクスの群生
       昭和42年1月17日 指定日
 轟神社の境内にhあ、合計10株のクスノキの巨樹が社叢を取り囲むように、鬱蒼と茂っている。
 今から鎌倉時代の中頃に苗が植木されたものと伝えられているが定かではないが、いずれのクスノキも樹齢が600年経過しており、幹回りも5mを超す巨樹である。
 新野の総鎮守の社叢としてふさわしく、貴重なものである。

 もう一枚には、図面表示があります

 ①のクスノキです、幹周6.57mの巨木です

 南側から①と②を合わせて夫婦楠です

 「夫婦楠」の標柱です

 南西側から②のクスノキです

 ③のクスノキです、幹周5.7mの巨木です

 ④のクスノキです、幹周5.78mの巨木です

 ⑤のクスの木は細いものです

 ⑥のクスノキです、幹周5.89mの巨木です

 本殿西側の⑦のクスノキですが単幹では最大の幹周7.08mの巨木です

 本殿南側のクスノキは天然記念物には入っていません

 境内南側のクスノキです

 ⑧のクスノキです、幹周5.8mの巨木です

 ⑨のクスノキです

 ⑩のクスノキです、幹周5.27mの巨木です

 拝殿です


 本殿です

 轟神社御由緒説明版です

 本殿南側の大歳神社です

 こちらは天神社です

 二つ並んだ境内社の御名前は分かりません

 本殿北側の蛭子神社です

 日吉社です

 祠が並びます

 歌碑です

 では、次へ行きましょう




 2024・6・11・11・10

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徳島県阿南市、新野町秋山「四国八十八ヶ所第22番・平等寺(びょうどうじ)」です!!

2024-07-26 18:57:00 | 四国八十八霊場
 新野町秋山地区は、阿南市役所の南西約13kmのところ

 *JR牟岐線桑野駅近くの、国道195号線の「阿南市桑野町」信号からの説明とさせて頂きます

 国道195号線を西へ、道成りに進みます

 約2.8kmで「⇐22番札所・平等寺3km」の標識に従って交差点を斜め左(南西)へ、県道284号線です

 約2.6km道成りに進んだ「22番札所・平等寺0.6km⇒」の標識に従って交差点を右(西)へ入ります

 約600mで右手に平等寺です

 左手に広い駐車場が有ります

 四国自然歩道の説明版です

 四国第22番霊場です

 仁王門です

 仁王門を潜った左手に鐘楼です

 参道右手に弘法大師様です

 参道左側にはお地蔵さまです

 手水舎です

 石仏が並びます

 石段手前に「弘法の霊水」です

 長い石段を上ります

 石段を上り、振り返りました

 本堂です

 本堂の南西側に護摩堂です

 石段を下って戻ると大師堂です

 納経所に寄って次へ行きましょう





 2024・6・11・10・45
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