安倍晋三首相と首相率いる連立与党は極めて順風満帆なため、よほど道理に反する想像力でも働かせなければ、おかしくなる方法は見つからない。支持率は歴史的に高く、株式市場も活況を呈している。6年ぶりに衆参両院も掌握している。そこへ登場したのが麻生太郎氏とナチスだ。
経済財政諮問会議に出席した麻生財務相(2日午後、首相官邸)
安倍内閣で副首相と財務相を兼ねる麻生氏は先日、とっぴかつ侮辱的な失言で、国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)がドイツの大戦間の憲法をこっそり失効させたことを称賛したようにみえた。麻生氏は支持者らに対し、日本の保守派が自国の基本法を修正しようとするうえで、ナチスの手口が手本になり得ると語った。
「静かに推進する必要がある」。7月29日の講演記録によると、麻生氏はこう語っている。「ある日気付いたら、ワイマール憲法がナチス憲法に変わっていた。誰も気付かないで変わった。あの手口に学んだらどうか」
麻生氏には失言癖がある。今年1月には医療費の増大に関する議論の際、高齢者は「さっさと死ねる」ようにしてもらうべきだと発言した。日本では実際に、老齢期のうち健康な時期を延ばす一方で苦痛を伴う終末を短くすることについて真っ当な議論が存在するとはいえ、麻生氏は軽はずみな無骨者としてたたかれた。
ナチスに関する発言は激しい批判を招いた。麻生氏はまず、「欧州で最も進んだ」ワイマール憲法の下でもナチスは出てきたと指摘した。日本の左派やかつて日本の植民地だったアジア諸国の一部では、米国に押し付けられた日本の平和憲法のみが民主主義と独裁への逆戻りの間に立ちはだかっていると考えられており、麻生氏の発言はその考えに反論することを意図していた。
リベラルな要素がより薄まった憲法の方がなぜ良いのかはあいまいだったが、その発言自体はまず無難だった。ところがそこでおかしなことになった。麻生氏は間もなくナチスのずる賢さを称賛し、反対勢力に懸念を強める理由を与えたのだ。
この発言が広まり始めると、中国や韓国の政府高官からサイモン・ウィーゼンタール・センターに至るまで、あらゆる人が遺憾の意を表明した。
8月1日には麻生氏が発言撤回に追い込まれるとともに、菅義偉官房長官が「安倍内閣としてはナチス政権を肯定的にとらえることは断じてない」と強調することになった。
■憲法改正が再び争点に
怒りをあおる燃料となったことは別として、このエピソードは与党自民党を牛耳る文化的保守派が修正主義の夢を捨てていないことを思い出させる。安倍首相は先月の選挙の後、憲法の問題を後回しにし、経済に集中すると約束した。憲法改正について意見が割れている国民と、憲法を巡る戦いが経済改革から注意をそらしてしまうことを懸念する投資家を安心させることを意図していた。
多くの人の見るところ、右派が今抱く計画は、十中八九、次の選挙が実施される3年後に憲法改正問題を再び取り上げることだ。アベノミクスが好景気を維持し、より多くの有権者を自民党に引き寄せ、憲法改正に着手するために必要な圧倒的多数を党に与えてくれるという想定だ。
だが、その間、保守派の支援者をしっかり仲間に引き込んでおかなければならず、この計画を隠しておくのは難しい。麻生氏はこれを試みているように見受けられる
新憲法を得た方が日本のためになるかどうかは議論の余地がある。2005年に自民党が起草した改正案は、軍の保持の禁止を解くだけではない。この条文はいずれにせよ、半世紀続いた柔軟な解釈の下でほとんど無視されてきた。改正案は市民権に対する注記も加えており、批判派いわく、そうした権利を「社会秩序」の概念より下位に置くことになる。
矛盾しているようだが、現行憲法の最大の受益者に数えられるのは自民党自身かもしれない。同党は大半の有権者より右寄りの思想を持つにもかかわらず、1955年以降、4年間を除いて日本を支配してきた。憲法が多くのことをするのを許さないため、国民は自民党が軍隊(自衛隊)や自分たちの権利についてどんなことをするか心配せずに同党に票を投じることができたからだ。
安倍氏や麻生氏、その仲間たちは、有権者が自分たちの課題を全面的に支持してくれると考えている。新憲法を提言することは、より正直な政治かもしれないが、もしかしたら日本と自民党にとっては、よりリスクが高いものかもしれない。
By Jonathan Soble
(翻訳協力 JBpress)
(c) The Financial Times Limited 2013. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.
経済財政諮問会議に出席した麻生財務相(2日午後、首相官邸)
安倍内閣で副首相と財務相を兼ねる麻生氏は先日、とっぴかつ侮辱的な失言で、国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)がドイツの大戦間の憲法をこっそり失効させたことを称賛したようにみえた。麻生氏は支持者らに対し、日本の保守派が自国の基本法を修正しようとするうえで、ナチスの手口が手本になり得ると語った。
「静かに推進する必要がある」。7月29日の講演記録によると、麻生氏はこう語っている。「ある日気付いたら、ワイマール憲法がナチス憲法に変わっていた。誰も気付かないで変わった。あの手口に学んだらどうか」
麻生氏には失言癖がある。今年1月には医療費の増大に関する議論の際、高齢者は「さっさと死ねる」ようにしてもらうべきだと発言した。日本では実際に、老齢期のうち健康な時期を延ばす一方で苦痛を伴う終末を短くすることについて真っ当な議論が存在するとはいえ、麻生氏は軽はずみな無骨者としてたたかれた。
ナチスに関する発言は激しい批判を招いた。麻生氏はまず、「欧州で最も進んだ」ワイマール憲法の下でもナチスは出てきたと指摘した。日本の左派やかつて日本の植民地だったアジア諸国の一部では、米国に押し付けられた日本の平和憲法のみが民主主義と独裁への逆戻りの間に立ちはだかっていると考えられており、麻生氏の発言はその考えに反論することを意図していた。
リベラルな要素がより薄まった憲法の方がなぜ良いのかはあいまいだったが、その発言自体はまず無難だった。ところがそこでおかしなことになった。麻生氏は間もなくナチスのずる賢さを称賛し、反対勢力に懸念を強める理由を与えたのだ。
この発言が広まり始めると、中国や韓国の政府高官からサイモン・ウィーゼンタール・センターに至るまで、あらゆる人が遺憾の意を表明した。
8月1日には麻生氏が発言撤回に追い込まれるとともに、菅義偉官房長官が「安倍内閣としてはナチス政権を肯定的にとらえることは断じてない」と強調することになった。
■憲法改正が再び争点に
怒りをあおる燃料となったことは別として、このエピソードは与党自民党を牛耳る文化的保守派が修正主義の夢を捨てていないことを思い出させる。安倍首相は先月の選挙の後、憲法の問題を後回しにし、経済に集中すると約束した。憲法改正について意見が割れている国民と、憲法を巡る戦いが経済改革から注意をそらしてしまうことを懸念する投資家を安心させることを意図していた。
多くの人の見るところ、右派が今抱く計画は、十中八九、次の選挙が実施される3年後に憲法改正問題を再び取り上げることだ。アベノミクスが好景気を維持し、より多くの有権者を自民党に引き寄せ、憲法改正に着手するために必要な圧倒的多数を党に与えてくれるという想定だ。
だが、その間、保守派の支援者をしっかり仲間に引き込んでおかなければならず、この計画を隠しておくのは難しい。麻生氏はこれを試みているように見受けられる
新憲法を得た方が日本のためになるかどうかは議論の余地がある。2005年に自民党が起草した改正案は、軍の保持の禁止を解くだけではない。この条文はいずれにせよ、半世紀続いた柔軟な解釈の下でほとんど無視されてきた。改正案は市民権に対する注記も加えており、批判派いわく、そうした権利を「社会秩序」の概念より下位に置くことになる。
矛盾しているようだが、現行憲法の最大の受益者に数えられるのは自民党自身かもしれない。同党は大半の有権者より右寄りの思想を持つにもかかわらず、1955年以降、4年間を除いて日本を支配してきた。憲法が多くのことをするのを許さないため、国民は自民党が軍隊(自衛隊)や自分たちの権利についてどんなことをするか心配せずに同党に票を投じることができたからだ。
安倍氏や麻生氏、その仲間たちは、有権者が自分たちの課題を全面的に支持してくれると考えている。新憲法を提言することは、より正直な政治かもしれないが、もしかしたら日本と自民党にとっては、よりリスクが高いものかもしれない。
By Jonathan Soble
(翻訳協力 JBpress)
(c) The Financial Times Limited 2013. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.
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