最近、ドイツの外務省にとって、欧州各地の報道のチェックは気持ちのいい作業ではない。「ちょっと見てください。これは、とても容認できない」。ある外交官はそう嘆きながら、イタリア紙の1面に載った記事を指さした。ユーロ危機とアウシュビッツを結びつけ、ドイツの傲慢さに気をつけろと警告し、ドイツは単一通貨を兵器に変えたと断じる内容だった。ギリシャの新聞も大差はない。ナチスによるギリシャ占領に言及することがタブーでなくなって久しい。
■ドイツに対して強まる風当たり
世界経済フォーラムの年次総会で話すIMFのラガルド専務理事(1月28日、ダボス)=AP
「卑劣なドイツ人」が南欧全域に戻ってきた。ドイツは他国を貧困に追いやり、各国の政府から権限を奪い、大抵は誰にでも偉そうに命令する、という具合だ。
これに比べればはるかに丁寧とはいえ、政府などの要職に就く人々もドイツをたたいている。スイスのダボスで先日開催された世界経済フォーラムの年次総会では、国際通貨基金(IMF)のラガルド専務理事、米国のガイトナー財務長官、英国のキャメロン首相の3人が本質的に同じ主張を展開した。必要な費用はドイツが払わなければならないというのだ。ユーロ圏が存続し、世界経済が大惨事を回避するには、ドイツはもっと努力し、もっとカネを出して単一通貨を支えなければならない。
こうした議論はひどく不公平だ。ドイツが既に南欧諸国にかなりの支援を実施していることを見落としているうえ、ドイツ国内で経済・政治的な惨事を招きかねない資金拠出を求めているからだ。
■防火壁、共同債、景気刺激を要求
ドイツは今、主に3つの政策の実行を要請されている。第1の政策は、いわゆる「防火壁」への資金拠出だ。市場が南欧諸国の国債に投機を仕掛けるのをあきらめるほど大きな基金を作れ、というわけだ。第2の政策はユーロ共通債の導入、すなわち、ユーロ圏諸国の債務の共有化に取り組むこと。第3の政策は、ドイツ自体の景気を刺激し、ドイツの消費によって南欧の製品に市場を提供することだ。
実のところ、ドイツは欧州の様々な救済基金に計2110億ユーロ(約21兆5200億円)を既に拠出している。これは年間の国家予算の約70%に相当する金額だ。一方、ドイツにもっとカネを出すようせっつく国の多くは、明らかに支援に尻込みしている。英国は南欧諸国の救済に加わっておらず、IMFへの150億ポンド(約1兆8300億円)の追加拠出にもなかなか踏み切れずにいる。米国も、欧州で使う資金をIMFにこれ以上提供するつもりはないと明言している。
ベルリンで記者会見に臨んだメルケル独首相(2月13日)=AP
結局、ドイツがさらに資金を出すことになりそうだ。しかし、ドイツ人は警戒心を抱いている。南欧諸国への融資は返済されない可能性があることや、下手をすれば欧州中央銀行(ECB)を救済する資金まで負担させられる恐れがあることを知っているからだ。
■理にかなったドイツの反論
巨額の資金でユーロの防火壁を作れば最終的にドイツの負担も軽くなるという議論もあるが、当然ながらドイツ人はかなり懐疑的だ。メルケル首相のアドバイザーの1人は次のように指摘している。「南欧諸国がこの資金を欲しがっているのは、市場をけん制するためだけでなく、自分たちで使いたいからだ」
ドイツ人がユーロ共通債構想に抵抗するのも、もっともだ。現在の欧州連合(EU)の枠組みでは、ユーロ共通債が導入されるとドイツなど支払い能力のあるユーロ参加国は南欧諸国の債務を引き受けることになる。南欧諸国の歳出を一切コントロールできないにもかかわらずだ。先日リークされたドイツの文書にはギリシャの国家予算をある程度コントロールできる権限をEUの監督者に与えるべきだという案が記されていたが、ナチズムの復活だとする、いつもの批判の集中砲火を浴びてつぶされた。
要請の3つ目は、ドイツは欧州経済の不均衡を是正するために、もっと努力しなければならないというものだ。ドイツの消費は実際、既に増加している。だが、南欧諸国からもっとモノを買うようドイツ人に命じられるとは思えない。
■国家なき単一通貨が元凶
現在のドイツたたきの大半は、乱暴かつ不当だ。だが、ある1点では確かにドイツに危機の責任がある。ドイツはユーロ創設を推し進める国々の先頭に立っていたのだ。そして今、背後に単一国家が存在しない単一通貨を創設したことが、現在の危機の根源にあることがますます明らかになってきた。
メルケル首相は、現在の危機の長期的な解決策として欧州の「政治同盟」の必要性について語る時、こうした設計上の欠陥を認めている。しかし、政治同盟は必ず深刻な国家主権の喪失をもたらす。そして今の危機は、ギリシャ人とドイツ人、イタリア人に重要な共通点が1つあることを示している。誰もが自国の国家予算の支配権を譲ることに強い嫌悪感を抱いているのだ。
その結果、ユーロは危険で不安定な立場に置かれている。ドイツに求められている行動は理不尽だ。だが、まず構造改革を実施し、あとで政治同盟を構築するというドイツ自身の解決策は実行不能だ。
■ユーロ創設を悔やむドイツ
これだけの危険に囲まれても、ドイツ政府高官は、表向きは平静を保っている。彼らは侮辱を受け流しながら、南欧諸国への金融支援を確約し、唯一の長期的解決策としてサプライサイドの改革を訴え続けている。
しかし舞台裏では、ドイツ政府の優秀な高官の一部は、かなり不吉な予感を覚えている。筆者はこの1年間で2回、夕食会で隣に座ったドイツ政府高官が、単一通貨そのものがとんでもない間違いだったと話すのを聞いた。あるドイツ政府高官はユーロについて、こう言った。「我々は自分たちで止めることのできない地獄の機械を作ってしまったようだ」。つい笑ってしまったが、残念ながら、実はそんなに笑える話ではない。
By Gideon Rachman
(翻訳協力 JBpress)
(c) The Financial Times Limited 2012. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.
■ドイツに対して強まる風当たり
世界経済フォーラムの年次総会で話すIMFのラガルド専務理事(1月28日、ダボス)=AP
「卑劣なドイツ人」が南欧全域に戻ってきた。ドイツは他国を貧困に追いやり、各国の政府から権限を奪い、大抵は誰にでも偉そうに命令する、という具合だ。
これに比べればはるかに丁寧とはいえ、政府などの要職に就く人々もドイツをたたいている。スイスのダボスで先日開催された世界経済フォーラムの年次総会では、国際通貨基金(IMF)のラガルド専務理事、米国のガイトナー財務長官、英国のキャメロン首相の3人が本質的に同じ主張を展開した。必要な費用はドイツが払わなければならないというのだ。ユーロ圏が存続し、世界経済が大惨事を回避するには、ドイツはもっと努力し、もっとカネを出して単一通貨を支えなければならない。
こうした議論はひどく不公平だ。ドイツが既に南欧諸国にかなりの支援を実施していることを見落としているうえ、ドイツ国内で経済・政治的な惨事を招きかねない資金拠出を求めているからだ。
■防火壁、共同債、景気刺激を要求
ドイツは今、主に3つの政策の実行を要請されている。第1の政策は、いわゆる「防火壁」への資金拠出だ。市場が南欧諸国の国債に投機を仕掛けるのをあきらめるほど大きな基金を作れ、というわけだ。第2の政策はユーロ共通債の導入、すなわち、ユーロ圏諸国の債務の共有化に取り組むこと。第3の政策は、ドイツ自体の景気を刺激し、ドイツの消費によって南欧の製品に市場を提供することだ。
実のところ、ドイツは欧州の様々な救済基金に計2110億ユーロ(約21兆5200億円)を既に拠出している。これは年間の国家予算の約70%に相当する金額だ。一方、ドイツにもっとカネを出すようせっつく国の多くは、明らかに支援に尻込みしている。英国は南欧諸国の救済に加わっておらず、IMFへの150億ポンド(約1兆8300億円)の追加拠出にもなかなか踏み切れずにいる。米国も、欧州で使う資金をIMFにこれ以上提供するつもりはないと明言している。
ベルリンで記者会見に臨んだメルケル独首相(2月13日)=AP
結局、ドイツがさらに資金を出すことになりそうだ。しかし、ドイツ人は警戒心を抱いている。南欧諸国への融資は返済されない可能性があることや、下手をすれば欧州中央銀行(ECB)を救済する資金まで負担させられる恐れがあることを知っているからだ。
■理にかなったドイツの反論
巨額の資金でユーロの防火壁を作れば最終的にドイツの負担も軽くなるという議論もあるが、当然ながらドイツ人はかなり懐疑的だ。メルケル首相のアドバイザーの1人は次のように指摘している。「南欧諸国がこの資金を欲しがっているのは、市場をけん制するためだけでなく、自分たちで使いたいからだ」
ドイツ人がユーロ共通債構想に抵抗するのも、もっともだ。現在の欧州連合(EU)の枠組みでは、ユーロ共通債が導入されるとドイツなど支払い能力のあるユーロ参加国は南欧諸国の債務を引き受けることになる。南欧諸国の歳出を一切コントロールできないにもかかわらずだ。先日リークされたドイツの文書にはギリシャの国家予算をある程度コントロールできる権限をEUの監督者に与えるべきだという案が記されていたが、ナチズムの復活だとする、いつもの批判の集中砲火を浴びてつぶされた。
要請の3つ目は、ドイツは欧州経済の不均衡を是正するために、もっと努力しなければならないというものだ。ドイツの消費は実際、既に増加している。だが、南欧諸国からもっとモノを買うようドイツ人に命じられるとは思えない。
■国家なき単一通貨が元凶
現在のドイツたたきの大半は、乱暴かつ不当だ。だが、ある1点では確かにドイツに危機の責任がある。ドイツはユーロ創設を推し進める国々の先頭に立っていたのだ。そして今、背後に単一国家が存在しない単一通貨を創設したことが、現在の危機の根源にあることがますます明らかになってきた。
メルケル首相は、現在の危機の長期的な解決策として欧州の「政治同盟」の必要性について語る時、こうした設計上の欠陥を認めている。しかし、政治同盟は必ず深刻な国家主権の喪失をもたらす。そして今の危機は、ギリシャ人とドイツ人、イタリア人に重要な共通点が1つあることを示している。誰もが自国の国家予算の支配権を譲ることに強い嫌悪感を抱いているのだ。
その結果、ユーロは危険で不安定な立場に置かれている。ドイツに求められている行動は理不尽だ。だが、まず構造改革を実施し、あとで政治同盟を構築するというドイツ自身の解決策は実行不能だ。
■ユーロ創設を悔やむドイツ
これだけの危険に囲まれても、ドイツ政府高官は、表向きは平静を保っている。彼らは侮辱を受け流しながら、南欧諸国への金融支援を確約し、唯一の長期的解決策としてサプライサイドの改革を訴え続けている。
しかし舞台裏では、ドイツ政府の優秀な高官の一部は、かなり不吉な予感を覚えている。筆者はこの1年間で2回、夕食会で隣に座ったドイツ政府高官が、単一通貨そのものがとんでもない間違いだったと話すのを聞いた。あるドイツ政府高官はユーロについて、こう言った。「我々は自分たちで止めることのできない地獄の機械を作ってしまったようだ」。つい笑ってしまったが、残念ながら、実はそんなに笑える話ではない。
By Gideon Rachman
(翻訳協力 JBpress)
(c) The Financial Times Limited 2012. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.
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