学習力トレーニングをめぐって----おわりに代えて 岩波ジュニア新書より
●受験勉強は人生に役立つか
平成16年1月24日付の朝日新聞朝刊に、受験勉強をめぐるアンケート調査(回答者は「beモニター」3799人)が掲載されていました。これを素材に、学習力トレーニングについて、まとめと補足のコメントをしてみたいと思います。
実に80%の人が受験勉強は役に立つと答えています。その理由としてトップに挙げられているのは(複数回答)、
「やり遂げることで、自信になる」で55% でした。
あとは、
「こつこつ努力することを覚える」
「知識が身に付く」
「合格すれば進路の選択肢が増える」
となっています。
一方、役に立たないとした20%の人が挙げる理由は、
「知識の詰め込みで、応用がきかない」
「すぐに忘れてしまう」
「成長期の貴重な時間を浪費」
がトップ3になっています。
みなさんは、この結果をどう思いますか。
筆者は、受験勉強肯定派です。理由は、もちろん「知識が身につく」からです。
知識を身につけるには、時間をかけて一定量の知識を暗記することが必要です。しかも、嫌いな科目、不得意科目についても、強制的にでも勉強する必要があります。 それをするための格好の機会を受験勉強は与えてくれます。 一定量の知識は、2章「記憶力をつける」で述べたように、何か新しいことを知識として取り込む時の網になります。それが大きくて細かくて強固なほど、新知識は、既有知識の中にきちんと取り込まれます。そして、次の新しい知識を取り込む時の力になります。
もちろん、「受験勉強で学習した知識はすぐに忘れてしまう」のも事実です。「学力の剥落現象」と呼ばれていますが、しかし、それは見かけだけで、一度、頭の中に取り込まれて他の知識と関係づけられた知識は、消え去ってしまうことはあり
ません。無意識のうちに、知識の土台となって、知識全体を支えています。 ただ受験勉強をどの時期でたっぷりと経験するのが良いのかについては、判断が難しいですね。
小学校をめざしての受験は早すぎるとは思いますが、高校受験は どうでしょうか。
中学生からシンボルを操作して考える「形式的思考」ができるようになってきます。こうなると、シンボル化された知識の世界が一気に拡大してきます。勉強しなけばならない領域が必然的に拡大してきます。
となると、高校受験あたりが一番よさそうですが、中学時代には、知性とともに、情意の世界も身体活動もまた同時に拡大してきます。知性の陶冶にだけかまけてしまうと、バランスのよい発達ができなくなってしまう恐れがあります。部活や遊びの中で中学時代にしか学べないことがたくさんあります。
やはり、知と情とからだのバランスがとれるようになってくる高校3年生くらいが受験勉強には最適ではないでしょうか。
この頃になると、どんな知識の世界に興味関心があるかもだんだん自分でわかってきますし、受験勉強の意味も自分の将来との関係でわかるようにもなってきます。
なお、受験競争の敷居を低くして、大学での卒業を厳しくという意見には筆者は与しません。大学に入る前の地道な幅広い受験勉強があれば、大学に入ったら、ゆったりと自分探しをしながらの学習が好ましいと思うからです。
●受験を乗り切るコツは
さらに調査では、受験を乗り切るコツとして、次のようなものを挙げています。(複数回答)
「決めたスケジュールを守る」 49%
「短時間に集中」 48%
「合格後の楽しみを思い浮かべる」 34%
「好きな科目から勉強する」 31%
これらについては、本文のほうでも具体的な指針として挙げましたので、さらなる解説は不要ですね。結構、みなさん---といっても、このアンケートには中高校生は含まれませんが----学習法を良く知っていることがうかがえます。
自由回答欄から傑作を一つ。
「好きでない人の顔を思い浮かべ、あいつにだけは負けたくないいと思うこと」(50歳女性)
だそうです。
●どういう入試が望ましいか
最後になりますが、この問に対す回答(複数回答)は次のようになっています。 「論文・作文重視」 45%
「面接重視」 42%
「学校の成績重視」 33%
「従来型の学力検査」 25%
「一芸入試」 17%
この結果には、ややびっくりしました。受験を肯定的に考えながらも、その試験には、あまり受験勉強を必要としないタイプの入試を期待しているのですから。 確かに、今日本の大学受験では、大学側の少子化対策と、こうした世論を背景にして、入試の多様化がはかられています。1年中なんらかの入試業務をしていると嘆いていた私立の大学教員がいました。
筆者は、昨今の日本の大学入試は、多様化がやや行き過ぎではないかと思っています。
王道は、「従来型の学力検査」とその改良版を中軸にして、それ以外の入試は補助的なものとして採用するのが良いと思っています。 大学は、知性の園なのです。その園に入って生き生きと過ごすには、基盤となる学力をつける格好の仕掛けである学力試験を乗り越えてきてほしいのです。
●最後に
20世紀の工業化社会では、物の生産、流通、消費のシステムが中核でした。 21世紀の情報化社会は、「物」が「知」に取って変わりました。知の生産、流通、消費のシステムが中核になります。 そんな社会でこれから活躍することになる若者にとって、今学校で身につけなければならない中核的な力の一つが学習力です。
学習力は、ある程度までは、学習する中で自然に身についてきますから、あまり神経質になる必要はありません。
ただ、時折、学習方法を知らなかったり、誤った学習方法を使っていたりして、本来もっている力がうまく発揮できない人がいるようです。そんな諸君には、本書は役立つのではないかと思っています。
また、「へえー、そんな学習方法や考えがあったのか! それならちょっと試してみるか」ということもあってほしいと思って、本書を買いみました。 「学習力は、情報化社会を生き抜く強力な武器なり」
2004年2月
●受験勉強は人生に役立つか
平成16年1月24日付の朝日新聞朝刊に、受験勉強をめぐるアンケート調査(回答者は「beモニター」3799人)が掲載されていました。これを素材に、学習力トレーニングについて、まとめと補足のコメントをしてみたいと思います。
実に80%の人が受験勉強は役に立つと答えています。その理由としてトップに挙げられているのは(複数回答)、
「やり遂げることで、自信になる」で55% でした。
あとは、
「こつこつ努力することを覚える」
「知識が身に付く」
「合格すれば進路の選択肢が増える」
となっています。
一方、役に立たないとした20%の人が挙げる理由は、
「知識の詰め込みで、応用がきかない」
「すぐに忘れてしまう」
「成長期の貴重な時間を浪費」
がトップ3になっています。
みなさんは、この結果をどう思いますか。
筆者は、受験勉強肯定派です。理由は、もちろん「知識が身につく」からです。
知識を身につけるには、時間をかけて一定量の知識を暗記することが必要です。しかも、嫌いな科目、不得意科目についても、強制的にでも勉強する必要があります。 それをするための格好の機会を受験勉強は与えてくれます。 一定量の知識は、2章「記憶力をつける」で述べたように、何か新しいことを知識として取り込む時の網になります。それが大きくて細かくて強固なほど、新知識は、既有知識の中にきちんと取り込まれます。そして、次の新しい知識を取り込む時の力になります。
もちろん、「受験勉強で学習した知識はすぐに忘れてしまう」のも事実です。「学力の剥落現象」と呼ばれていますが、しかし、それは見かけだけで、一度、頭の中に取り込まれて他の知識と関係づけられた知識は、消え去ってしまうことはあり
ません。無意識のうちに、知識の土台となって、知識全体を支えています。 ただ受験勉強をどの時期でたっぷりと経験するのが良いのかについては、判断が難しいですね。
小学校をめざしての受験は早すぎるとは思いますが、高校受験は どうでしょうか。
中学生からシンボルを操作して考える「形式的思考」ができるようになってきます。こうなると、シンボル化された知識の世界が一気に拡大してきます。勉強しなけばならない領域が必然的に拡大してきます。
となると、高校受験あたりが一番よさそうですが、中学時代には、知性とともに、情意の世界も身体活動もまた同時に拡大してきます。知性の陶冶にだけかまけてしまうと、バランスのよい発達ができなくなってしまう恐れがあります。部活や遊びの中で中学時代にしか学べないことがたくさんあります。
やはり、知と情とからだのバランスがとれるようになってくる高校3年生くらいが受験勉強には最適ではないでしょうか。
この頃になると、どんな知識の世界に興味関心があるかもだんだん自分でわかってきますし、受験勉強の意味も自分の将来との関係でわかるようにもなってきます。
なお、受験競争の敷居を低くして、大学での卒業を厳しくという意見には筆者は与しません。大学に入る前の地道な幅広い受験勉強があれば、大学に入ったら、ゆったりと自分探しをしながらの学習が好ましいと思うからです。
●受験を乗り切るコツは
さらに調査では、受験を乗り切るコツとして、次のようなものを挙げています。(複数回答)
「決めたスケジュールを守る」 49%
「短時間に集中」 48%
「合格後の楽しみを思い浮かべる」 34%
「好きな科目から勉強する」 31%
これらについては、本文のほうでも具体的な指針として挙げましたので、さらなる解説は不要ですね。結構、みなさん---といっても、このアンケートには中高校生は含まれませんが----学習法を良く知っていることがうかがえます。
自由回答欄から傑作を一つ。
「好きでない人の顔を思い浮かべ、あいつにだけは負けたくないいと思うこと」(50歳女性)
だそうです。
●どういう入試が望ましいか
最後になりますが、この問に対す回答(複数回答)は次のようになっています。 「論文・作文重視」 45%
「面接重視」 42%
「学校の成績重視」 33%
「従来型の学力検査」 25%
「一芸入試」 17%
この結果には、ややびっくりしました。受験を肯定的に考えながらも、その試験には、あまり受験勉強を必要としないタイプの入試を期待しているのですから。 確かに、今日本の大学受験では、大学側の少子化対策と、こうした世論を背景にして、入試の多様化がはかられています。1年中なんらかの入試業務をしていると嘆いていた私立の大学教員がいました。
筆者は、昨今の日本の大学入試は、多様化がやや行き過ぎではないかと思っています。
王道は、「従来型の学力検査」とその改良版を中軸にして、それ以外の入試は補助的なものとして採用するのが良いと思っています。 大学は、知性の園なのです。その園に入って生き生きと過ごすには、基盤となる学力をつける格好の仕掛けである学力試験を乗り越えてきてほしいのです。
●最後に
20世紀の工業化社会では、物の生産、流通、消費のシステムが中核でした。 21世紀の情報化社会は、「物」が「知」に取って変わりました。知の生産、流通、消費のシステムが中核になります。 そんな社会でこれから活躍することになる若者にとって、今学校で身につけなければならない中核的な力の一つが学習力です。
学習力は、ある程度までは、学習する中で自然に身についてきますから、あまり神経質になる必要はありません。
ただ、時折、学習方法を知らなかったり、誤った学習方法を使っていたりして、本来もっている力がうまく発揮できない人がいるようです。そんな諸君には、本書は役立つのではないかと思っています。
また、「へえー、そんな学習方法や考えがあったのか! それならちょっと試してみるか」ということもあってほしいと思って、本書を買いみました。 「学習力は、情報化社会を生き抜く強力な武器なり」
2004年2月