「マディソン郡の橋」&ハリー・ポッターはこちら。
さあ、長々と罵倒芸を楽しんでいただいた「百年の誤読」もついに最終回。トリはやっぱりこの二作品につとめてもらおう。読者のなかにも感動の涙を流した人は多いはず。反論を待つ。
「Deep Love 第一部 アユの物語」 Yoshi
岡野 泣けた泣けた。こんなヘドロゴミみたいなものを読まなくちゃならないことに、血の涙が出ました。
豊崎 グレた女子高生が援助交際の果てにエイズになって死ぬ。その過程で犬、ばあさん、少年、オヤジなどに会う。それっきりの話。筋とおってない、理屈とおってない、意味わからない。
岡野 ていうか、バリわからない(笑)。そういうエピソードが、ただ単にダラダラダラダラ並んでいるだけ。物語にすらなってやしない。
豊崎 だいたいこのYoshiとかいうパーチクリンなやつが、<>で説教じみたコメントを書き挟むでしょ。<わかったようなことを言う大人はウザイ、生きることに意味なんてない>、おまえだよ、ウザイのは。
岡野 会話文ド下手。人物のキャラクター無視。言語センス陋劣。写真のきたなさ筋金入り。62ページの犬の写真。これ犬か?ぼやけた犬?土饅頭っていわれたらほとんど否定できない犬?たまらないよ。バリたまらない。バリ罵詈雑言吐きかけてやりたい。
「世界の中心で、愛を叫ぶ」 片山恭一 平成16年
岡野 そもそも、主人公の朔太郎っての、究極のバカ。だって、最後の最後まで、世界の中心で愛を叫びたいくらい好きな恋人、アキちゃんの名前を漢字でどう書くか知らないんだよ(笑)。
豊崎 つまるところ、こうやって揚げ足取りみたいな話にしかならないのは、ストーリーにも構造にも語るべきレベルに達するものがないからなんです。批評が成立できないくらいに駄目。にもかかわらず300万部突破……どれだけ世間様の物語理解力が弱まっているかという見本のようなベストセラーですね。
……お気づきだろうか。二人の罵倒が、その内容以上に『売り上げに比例してテンションが高くなっている』ことに。ベストセラーであることが一種の罪であるかのような風潮があるけれど、しかし売れるには何らかの要素があったことをまず認めよう。同時に、だからこそ批判にさらされる“義務”があり、立ちむかう“力”が必要なはず。この力を持っていなければ、あっという間に名が消えていくわけであり、どうやら近年はそんなのばっかりなのであった。さみしい。
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