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「サイコ」の製作費はおよそ80万ドル。これは当時のメジャー作品としても高くはなかった。お安くつくることができたのは、テレビの仕事(ヒッチコック劇場)を経験したヒッチが、テレビと同じ条件で劇場用映画をつくることができないかと考えたから。とにかく早く仕上げる実験映画でもあった。
ところが大ヒットして収益だけでも1300万ドル。ヒッチコックは後輩であるトリュフォーに
「きみもそういう映画を一本はつくるべきだ。世界中で大ヒットして、収益を上げる映画をね。」
とふんぞり返って(あの体型だからいつもだけど)言い放っている。
要するに「サイコ」をつくるときに、ヒッチコックは傑作をつくろうなんて全然思っていなかったのだ。実際、批評家ウケは悪く、キネ旬のベストテンでも35位どまり。ところが、観客は熱狂した。それは“こんな犯人”を世界が受け入れる時代の到来でもある。
犯人はもちろんノーマン・ベイツの母親であり、ノーマン自身でもある。
二重人格はジキルとハイドの昔から語られていたが、女性への欲望をおぼえると同時に、内なる母親がめざめ、若い女性を(嫉妬もあって)処罰してしまう複雑なサイコパスが、どこにでもあるモーテルで待ちかまえている……こんな仕掛けは、やはり現代のものだ。服装倒錯(トランスベスタイト)なんて発想も斬新だったろう。
しかしもちろん犯人の突飛さだけで名作扱いされるほど世の中は甘くない。突飛な事件を、流麗に描くことができる職人の作品だからこそエバーグリーンになっている。ヒッチコックの勝利宣言はこうだ。
「映画の内容、つまりシナリオよりも、映画そのもののテクニックに歓びを見いだす映画づくりの分野があることがよくわかるだろう。その種の映画では、いちばん重要なのはキャメラだ。映像だ」
【「サイコ」を読み解く おしまい】
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