保津川下りの船頭さん

うわさの船頭「はっちん」が保津川下りの最新情報や、京都・亀岡の観光案内など、とっておきの情報をお届けします。

保津川が大洪水!本日も運休します。

2006-07-19 07:25:42 | 船頭
梅雨前線が活発さを増し、昨夜から再び激しい雨が降っている京都亀岡。
今朝とうとう「大雨洪水警報」が発令されました。

只今、保津川の水位もどんどん上昇し、現在水位は3m70cmを超えようと
しており、このままの勢いで上昇すれば1時間~2時間で警戒水位4m50cmを
超える可能性もでてきました。

梅雨入りしてからも真夏日の様な天気が続き
「今年の梅雨は雨が少ないね~」なんてのん気なことを
言っていたのがウソの様な本格派な梅雨となりました。

上の写真は今朝の保津川の様子ですが、波が立ち盛り上がっているのが
いつも船が潜っていく「保津小橋」です。

通称沈下橋や水没橋と呼ばれる「保津小橋」

この橋が沈むのは雨の多い年で通常年に1~2回が平均だが、
今年は初めてです。

この橋が沈むと大体1週間は運航できません。
つまり休業ということになります。
しかも川底にも変化をもたらし、大きな河原が流れたり、
予想外な所に河原ができ、川の流れ自体を変化させ操船技術の
変更を余儀なくさせられるので、水位が減ってからも影響が残るのです。

2年前、10月にやってきた「台風23号」で保津川下りの400年の
歴史上、動いたことのない「巨岩」が転げ、爆破したことは
記憶に新しいところです。あの時は20日間も休業しました。

梅雨末期の激しい前線の活動で、大雨に見舞われている亀岡・保津川。
夏休みの観光シーズンを前に、予断を許さない事態を向かえているのです。

第一堤防決壊までもう数十センチに迫りつつある保津川。

保津川下りは運航を中止しております。

2006-07-18 08:14:40 | 船頭
本日18日、保津川下りは河川の増水のため運航を中止しております。

本日の保津川は昨日来からの豪雨のより、午前8時現在で2m90cmを越える
洪水指定水位となっています。

まだ、今日も豪雨の予報がされているので
今後の雨の降り方を非常に心配しております。

本日にご予約をいただいていたお客様、
川下りを予定されていたお客様には
大変ご迷惑をおかけしますが、
何卒、御了承頂きます様、よろしくお願い致します

本日、増水のため保津川下りは運休しております。

2006-07-17 12:37:25 | 船頭
本日17日、保津川下りは河川の増水により運航を中止しております。

早朝から振り出した豪雨のため、正午現在で1m80cmの水位となっています。
天気予報によると、これから梅雨前線が南下する模様でさらに強い雨が
降る可能性もあり、明日以降も運休することが予想されます。

本日にご予約をいただいていたお客様、
川下りを予定されていたお客様には
大変ご迷惑をおかけしますが、
何卒、御了承頂きます様、よろしくお願い致します。

保津川を豪雨が襲う!

2006-07-16 18:12:39 | 船頭
昨夜の雷雨で船の出られる最高水量にまで増水していた今日の保津川。

濃い黄土色をした川の水がうねりを巻き流れる様は
まさに日本一の激流下りと呼ぶ相応しいものです。

そして!「夕立ち、三日!」やはりきました!雷雨が!

峡谷に広がり出す黒灰色の雲であたりは夕方の様に暗くなり、
川面がまくりあがるほどの強風が吹いていました。
すると!「ピカッ!」と大きいストロボをたいた様な稲光がしたと
思うと、「ベリべりベリ!ゴロゴロ!」と峡谷を揺らすくらいの
雷が鳴りました!
「ポタ、ポタ、ポタ」と大きな雨の粒が落ちてきたかと思うと、
一気に雨足が強くなりました。
瞬間!突風が吹き乱れ横殴りの激しい雨が私の船を直撃します。

私は操船の最高責任場所である舵を任されていましたが、
あまりにも激しい雨で視界を確保するのもままならない状態です。

最高水量時での嵐を思わす集中豪雨。
このような天候は船頭になって経験したことがない最悪の条件です。
こんな時の大自然は容赦がありません!

この条件下で安全に操船するには、船頭として持てる全筋力、全五感を
フル活動させ、気合を抜かず集中力を研ぎ澄ませることが必要です。。

そして決して自然に逆らわず、こちらが合わせて流させてもらうという
謙虚な気持ちが大事なのです。

正直、嵐山に着いた時は、一気に全身の力が抜けるほど安堵しました。

嵐山の着船場に着いた時、私達の後の船から運航中止なったことを聞きました。

どうやら私達の船が操船できるギリギリのラインで下っていたということか。
とりあえず無事に嵐山に着いてよかったです。


*今日の京都は祇園祭の宵山の日という事で、大勢のお客さんが
 保津川下りにお越し頂き、長時間お待ち頂いたにもかかわらず、
 急激な天候悪化の為、運航を途中運休しましたこと、
 営業サイドになり代わり心よりお詫び申し上げます。

激しい雷雨!ずぶ濡れ船頭。

2006-07-15 22:23:18 | 船頭
ここ数日、真夏の様な猛暑が続く京都保津川。
今日も朝からギラギラとしたキツイ日差しが照りつけ、
体を動かす気力すら薄れる天気・・・のはずが・・・
来た!モクモクとした濃い灰色をした雲が広い渓谷の空を
覆い被さろうしています。

そんな不気味な空を眺めながら私の船は出航したのでした。

峡谷のど真ん中に差し掛かった頃、顔に大粒の雨が落ちてきた。
かと思うと一斉にシャワーの蛇口をフルに開いたような激しい雨が
降ってきたのです。

お客さんは日よけのためのテントをしていたので、急な雨にも
ぬれることなく対処できるのだが、船頭はそうはいかない!

自然のシャワーをたっぷり浴びて、上から下までずぶ濡れ状態に。

でも、大気の湿気は抜け、肌寒さすら感じる気候に早代わり。

結局、20分間ほどの雷雨でしたが、川に飛び込んだ後の様な
全身水浸し状態で仕事を続けたのです。

こんな激しい雷雨に見舞われた今日の仕事でしたが、
嵐山に着く頃にはすっかり晴れて、透き通るような青空と
燦々と照りつける太陽が顔を出していたのでした。

「夕立ち、三日」といいます。

明日も今日のような雷雨に見舞われるのか?

明日は着替え一式持って仕事に望みむつもりです。

嵐山大悲閣・千光寺で400周年記念法要を開催中

2006-07-14 21:02:36 | 京都情報
‘花の山 二町のぼれば 大悲閣’
と俳人・松尾芭蕉の句にも登場する「嵐山大悲閣・千光寺」は
保津川下りの生みの親・角倉了以翁が保津川開削工事で
犠牲になった人達の菩提を弔うために建立した禅寺です。

この大悲閣はもともと嵯峨釈迦堂で有名な清涼寺の西にあった
千光寺を了以が渡月橋約1キロ先の嵐山中腹に移して創建したものです。

先の松尾芭蕉のほか夏目漱石や谷崎潤一郎も訪れ、最近では
司馬遼太郎が「街道をゆく」でも紹介している嵐山の隠れた名所です。

その大悲閣で、角倉了以翁の命日7月12日から16日まで
保津川開削400周年を記念した特別法要と展示会を開催されている。

私達保津川遊船企業組合(400年委員会主催)も船頭を対象に、
13、14日の二日にわたり400年記念参拝企画し、
法要を含めた展示見学をさせていただきました。


渡月橋から大悲閣までは、嵐山温泉・嵐峡館さんのご好意により
同館送迎船に乗船させて頂いて、参道入り口まで送って頂きました。

しばし旅行気分の参拝者たち。


入り口には「角倉了以・保津川開通400周年」の垂れ幕が。
左へ行けば「大悲閣」への参道、右に行けば嵐峡館です。

大悲閣は山の中腹に建っている寺なので、しばらく
つづら折りの石段を登って行かねばなりません。

キツイ坂を登りきり、大悲閣千光字に辿り着く。了以像が見守る客殿(月見台)。
今は本堂が暴風雨の時に全壊し、ここが本堂代わりです。

法衣姿の木像の了以像の手には保津川を開削した象徴としてツルハシが
しっかりと握り絞められています。

眼光鋭く口を「への字」に絞めいる了以像から、悲願であった
保津川水運事業への激しい情熱と開削工事に協力し命を落とした
多くの名も無き人たちへの真剣な追悼の意志が強く感じられる。

改めてそのような多くの名も無き人達の尊い犠牲の上に、
今の保津川下りが誕生し、私達の生活を今も支えていると
思うと心を突き刺す様な感慨がこみ上げる。


大悲閣という名は、観世音菩薩を安置する山の上の観音堂のことで、
「大悲」とは仏教の慈悲の「悲」から取られているそうです。
「全ての苦しみを抜いてやりたい」という、やさしい慈悲の
心が右に左にと別れて、痛く悲しくどうにかしてやりたい
と思う心だと和尚さんから教えてもらいました。
本尊は千手観世音菩薩で、了以の念持仏だった。
今ではその千手観世音菩薩を守る本堂は、暴風雨によって全壊し
横に仮本堂が建てられているのみです。

観光地・嵐山にありあまりにも観光とかけ離れた静寂感漂う山寺・大悲閣。
比叡山、大文字東山三十六峰を向こうに望み京都市内を一望できる絶景な景色と
自然の静寂に包まれた環境を求められる方には最高の穴場かもしれないです。

大悲閣 千光寺 (だいひかく せんこうじ)
住所 京都市西京区嵐山中尾下町62
電話番号 075-861-2913
交通案内 JR「嵯峨嵐山」駅 徒歩40分
阪急「嵐山]駅 徒歩30分
嵐山通船の渡し舟右岸着から徒歩10分
駐車場情報 なし
拝観・開館時間 9:00 - 17:00
休日・休館 年中無休
料金 大人 400円
予約方法 坐禅(含・法話)電話にて

角倉了以翁メモリアルイベント

2006-07-13 00:07:43 | 角倉プロジェクト・世界遺産事業
今日7月12日は保津川下りの生みの親・角倉了以翁の命日にあたることから、
地元亀岡市では「角倉了以翁」の功績を讃え、感謝の気持ちをこめて、
「角倉了以翁メモリアルイベント」を保津町養源寺で開催しました。

このイベントは昼と夜の2部制により開催され、昼は小学生や園児などの
子供向けのイベント、夜に歴史や偉業を偲ぶ大人向けのイベントとの
色分けをして開催されました。

先ずは了以の思いを未来へ!昼のイベントから紹介しましょう。


イベントに先立ち、午前10時から「角倉了以 393回忌法要」が
執り行われ、地元の方々を中心に多くの方が了以を偲ばれました。


この法要の後、地元保津保育園の園児20名と保津小学校の生徒約100名が
本堂に入場し、メモリアルイベントがスタート。
先ずは先頭を切って「亀岡こどもの本研究会」さんによる
大型紙芝居「保津の夜明け~角倉了以物語」を上演。
了以がどの様な思いで保津川の開削に掛かったか、また開削にはどのような困難が
あったのかを子供でもわかる様に、やさしく紙芝居で演出されました。

紙芝居の後、「了以の偉業に感謝の気持ちをこめる」‘ささ舟流し’です。
先ずは子供達が笹の葉を手に取り、自分たちのささ舟を手作りします。
それぞれにいろんな思いをこめてのささ舟制作です。

出来上がったささ舟は養源寺前の小川に随時流していきます。

「この小川は小さいけれど、この小川の水は支流に流れ込み保津川にそそがれる。
そして保津川は京都嵐山を通り桂川と名前を変え鴨川、宇治川、木津川と
大山崎で合流し、淀川になり大阪平野から太平洋にそそがれます。」

「みんなの感謝の気持ちと了以の様な大きな夢をこのささ舟に託し、
この小川から‘せかい’に繋げていこう!」との掛け声でささ舟流しは始まりました。


「さあ~みんなの熱い思いを乗せたささ舟は太平洋にまでとどくかな?」

子供達の未来への無限の可能性をのせた
「ロマンの舟・保津のささ舟」を見届け昼の部は終了。

夜の部は午後5時30分から了以追悼の意をこめて「お茶会」を開催。

その後、「了以を偲ぶ会」と題して市文化資料館の黒川孝宏館長を
進行役に地元の歴史会のメンバーに加え特別ゲストとして了以直系の
角倉吾郎さんをお招きして了以が成し遂げた偉業や保津川の歴史のお話を
詳しくお聞かせ頂きました。

また、保津町内の参道や周囲、養源寺境内には幻想的な「了以七夕竹灯路」を
演出して、イベントの終盤を大いに盛り上げました。

竹灯篭は保津町の「おやじの会」さんがボランティアで用意して下さいました。

今日のイベントには昼、夜合わせて約1000名の参加者が
お越しになり、盛大なイベントとなりました。

400年記念事業のスタートとなるイベント「了以翁メモリアル」
が大成功したことは、これから後のイベントにも弾みがつく
幸先のいい感触を持つことができました。

今日参加して頂きました皆様、また数日前から準備に協力していただいた
保津町自治会の皆様、本当にありがとうございました。
そして蒸し暑い天候のなか一日現場で活躍された実行委員会スタッフの皆さん
お疲れさまでした。

まだ、これからも保津川開削400周年記念事業は続きますが、
熱い思いをもって頑張っていきましょう!よろしくお願いします。

明日は角倉了以翁の命日。メモリアルイベント開催。

2006-07-11 17:16:55 | 角倉プロジェクト・世界遺産事業
明日7月12日は保津川下りの生みの親・角倉了以翁の命日です。

明日は京都にある了以ゆかりの寺院各所でも命日法要が行われるようです。

私たち、保津川下りの地元・亀岡市でも保津町にある養源寺で
法要を兼ねた「メモリアル・イベント」が開催されます。

保津川開削400年実行委員である私も明日はスタッフとして
微力ならがお手伝いさせていただく予定です。

明日のイベントは平日開催ということもあり、
昼の部と夜の部の2部制で進められます。

昼の部には市民や地元自治会の皆さんに加え、
保津小学校の生徒さんと保津保育園の園児さんを
お招きした‘エイジレス’なイベントで了以翁を偲びます。

明日の私の役割はなんと「司会者」です。
司会など全く経験もない上にもともとマイクとおりが悪い声なので
上手くお役目を果たせるか実はかなり心配なのです。

また、当日は地元KBS京都テレビの情報番組「LIVE5」の
録画中継が入る予定なのでいやがうえにも緊張感は高まってきています。
が、しかし了以翁400年の記念メモリアルです。
ここまできたら自分の持てる五感力をフル機能させ
頑張らしてもらおうと腹を決めてます。

噂ではKBS京都テレビの取材スタッフとしてはかせ記者も参加するらしい。
押忍!男組のメンバーとしてもしっかりお役目を果たさねば、と思う次第。

このブログをご覧の皆様も、お時間の許す方は是非、保津町の養源寺まで
お越しいただき、ともにイベントを盛り上げましょう!

皆様のお越しをお待ちしております。

「角倉了以翁メモリアルイベント」

日時 7月12日(水曜日)
   昼の部 10:00~12:00
   夜の部 17:30~21:00

イベント内容
  
   昼の部
      ご位牌特別公開 10:00~12:00
      法要      10:00~
      大型紙芝居「保津の夜明けー角倉了以物語ー」
              10:30~
      ピースリーフ・ささぶね流し
              11:00~

   夜の部
      了以翁追悼「お茶席」(無料)~先着100人~
              17:30~19:30
      了以翁を偲ぶ会 ゲスト 角倉吾郎さん(角倉同族会)
              進行  黒川孝宏さん(亀岡文化資料館館長)
                  ふるさと保津を読む会のみなさん
              19:00~
      了以七夕竹灯路  保津町内~養源寺周辺
              19:30~

お問合せ  保津川開削400年周年記念事業実行委員会事務局
      亀岡市役所 商工観光課 観光担当
      電話 0771-25-5034 
      FAX0771-25-4400

保津峡でハイカーが転落事故

2006-07-10 00:14:12 | 船頭
今日、私達の船が嵐山へと入る最後の急流・大瀬を下っていた時のこと。

右岸側の崖道を歩く複数の人影が視界に入ってきた。

その人影は紺やオレンジの服装をしていた。

そうだ!彼らは警察と消防署のレスキュー隊だ。

「これは渓谷で何かあった!」直感的に悟った。

いやな予感にかられた私はすれ違いざまにレスキューの一人に
大きな声で何があったのか?問い掛けた。

「谷でハイキングの人が転落事故を起こしたので救助に向います」
という返事が返ってきた。

「またか!」
最近、従来のような整備された山道では面白くないのか、
険しい保津川峡谷の中をハイキングするグループが増えている。
しかも、その殆どが年配者のグループときているから危険極まりない。

今日の事故も年配の方によるものだった。

10m以上もある落差のキツイ崖を滑り落ちたらしく、
かなりひどい怪我をされいるようで危険な状態との連絡が入る。

ゴミ清掃活動の時もいったが保津峡の山道は獣みちのような細い道が続き
途中、傾斜も厳しい崖や道すらなくなっている箇所もあることから、
山道を歩きなれた人でも細心の注意を必要とする難所が多いのだ。

毎年、何軒かの転落事故も報告されているが今年では初めての事故だ。


レスキュー隊を乗せたゴムボートが嵐山の千鳥ヶ淵を横切り現場へと急ぐ。
救助は時間との勝負だ。一時も早く駆けつけなくてはいけない。
保津川下りの船で救助したことも多いので、応急処置ができる様に
船頭は皆、普通救急救命士の資格をもっている。


上空からは救助ヘリコブターも出動していた。
かなり大掛かりな救助作業になりそうだ。

渡月橋の上にも消防車が待機し事態の状況を見守っていた。
嵐山観光のシンボル渡月橋も今日だけは物々しい雰囲気が支配していた。

転落者はどうやら数十分後に救助され、至急病院に運ばれたそうだ。

都会の方が自然にあこがれて、美しい保津峡を歩きたいという気持ちは
よく判るが、今の季節、マムシやスズメ蜂の巣も多く作られている
ので現地をよく熟知した案内人を付けるなり、下準備をしっかりしてから、
ハイキングを楽しまれることをオススメする。

保津峡の自然は原風景の坩堝でとても魅力的な場所ではあるが、
そこは有史以来人が住めなかった危険な場所である。
人工の手が加えられてない自然は美しい景色を味わえるばかりでなく、
だからこそ常に危険と背中合わせだということをしっかり認識して頂きたい。

嵐山に出没するビーバーの正体とは。

2006-07-08 20:31:21 | 京都情報
「このあたりでビーバーを見ませんでしたか?」

私達の船が嵐山の千鳥ヶ淵付近に差し掛かった時である。
川岸から突然、大きな声で問い掛ける女性の声が。
手には手書きで書いたような「ビーバー」の絵を持っている。
女性の後ろには大きなテレビカメラを抱えている男性の姿も。
どうやらどこかのテレビ局の取材らしい。

ビーバー??? 

年間400回近くこの嵐山・大堰川を通過している私達船頭でも
「ビーバー」という生き物には遭遇したことがない。

私達は手を横に振り「見たことはない」との合図を送る。

「そうですか・・・」とその女性は残念そうに会釈をして上流へと歩いて行かれた。

それから2日後の昨日、夕方の情報番組「ムーブ」を見ていると
「嵐山でビーバーを目撃?」という字幕がテレビ画面いっぱいに
映し出された。

どうやらあの日の取材は、この番組の企画だったのか。

番組では視聴者から送られてくる疑問を追跡し、謎解きをするコーナーが
あるらしく、今回は最近嵐山でよく目撃されると噂があるビーバーを
探して、その存在を確認するというものらしい。

丸一日張り付いてやっとカメラは噂のビーバー?を撮影する事に成功した。

その生き物はこげ茶色の体毛に小さく丸い目、前歯が口から出て泳ぐ
姿はまさにビーバーにそっくり。だが、ビーバーと呼ぶには少し小さすぎる。

そう、ビーバーと噂されていた生き物の正体はヌートリアだったのだ。

ヌートリアについてはこのブログでも数回紹介したことがあるが、
愛くるしく泳ぐ姿が人気の「保津川下りのアイドル」だ。

ヌートリアは本来、南米に生息する生き物だったが、その毛皮が防水防寒性に
優れていた為、1930年頃から軍用服の毛皮獣として輸入され
飼育されるようになったが、、第二次世界大戦後は毛皮の需要が減少し、
やがて飼育家からも見捨てられ河川に放されたのだ。

保津川上流や嵐山には10年前頃からよく目撃するようになった。

保津川のヌートリアについては以前、私がこのブログに書いた記事のことで
某大手新聞の記者から電話が掛かってきたことがある。

その記者さん「あなたの記事では『ヌートリアが保津川にも生息している』と
書かれておられますが本当ですか?学会では『保津川峡谷には生息していない』
と先生方は仰られてますが・・・」とその存在について質問してきた。

といわれても、何回もこの目で見ているので否定されてもどうしようもない。

「疑われるのなら一度、調べに来て下さい」と言って電話を切った。

後日またその記者さんから電話があり「学会ではヌートリアは生態系を乱し、
災害を引き起こす原因となるので全て駆除べし!という意見が支配的なのですが、
あなたはどう様に思われますか?」という質問を受けた。

強い繁殖力を持ち、爆発的に繁殖を続け生態系と災害を起こすヌートリア。

「ムーブ」でもその問題に焦点が当てられていた。

また、京都府では昨年施行された「特定外来生物被害防止法」を受け、指定された
ヌートリアなど害獣についての本格的な生息状況調査に乗り出し、今後の対策
を検討するという。

人間の生命・安全に悪い影響を及ぼす外来生物について
ただ単純に「駆除には反対!」とは言い切れない私ではあるが、
あの可愛い愛嬌を振りまくヌートリアの姿を見るたびに
なんともやり切れない気持ちになる。

今後、ヌートリアの背負わされるであろう悲しい運命を
思うたびに、人間が行ってきた罪の深さを感じずにはいられない。