いか@ 筑豊境 寓 『看猫録』

Across a Death Valley with my own Distilled Resentment

小石川散歩(植物園-後楽園)、地下鉄駅:白山 ⇒ 神保町

2018年12月02日 13時46分58秒 | 東京・横浜

地下鉄白山駅から神保町駅まで散歩した。歩数は1万8千歩。

小石川植物園は今年2月以来2回目。

  

1 → 2 地下鉄白山駅から小石川植物園

(白山台地の端の方の)坂を上って、


売地(33坪、9,900万円)を見て、

下る。御殿坂。

▼ 小石川植物園

正門。メタセコイア。入場料 400円。


小石川植物園の門を這入ってだらだら坂をのぼってゆく

そのメタセコイアより古い建物。

 小石川植物園の門を這入ってだらだら坂をのぼってゆくと、高台の突端に近ごろ新しく建った近代風な望楼づきの何とも言えず散文的な洋館が見られる。私はこの一年ばかりのあいだ、たいがい月に二、三回その傍らを通る習わしになっているが、それを見上げる毎にいつも一種不快の念を禁じ得ない。他の場所においてならそれほどまでに気にならないかもしれぬこの建物が、そこの年古りた、落ち着きのある環境の中にあると、まるで西洋の話に出る感化院の監視搭のように殺風景に見えて、植物園の歴史的伝統をも自然的景観をも完全にぶちこわしているのである。当事者の文化感覚の低劣さに今更あきれざるを得ない次第であるが、しかしこの建物に対する私の反感は、そうした心なき文化的蒙昧者の審美的ないし歴史的ぶちこわしに由るばかりでなく、それがまたわが国「官僚」文化の通弊たる本末転倒というものをあまりにも露骨に示していることからも来ていることが明らかである。
(林達夫、「植物園」初出1939年11月、『思想』二一〇号、岩波書店、現在、「林達夫著作集 4 批評の弁証法」に収録)

イチョウは放っておくとこれだけ枝を広げるとわかる。街路樹のイチョウはよく枝が手入れされているのだ。


↑裏、↓表 紅葉は裏から見た時(のみ)がきれい。

2 ⇒ 3 小石川植物園から出て少し歩くと、よほど古い木造住宅を見た。

戦前の東京はこういう家屋が主流だったのだろう。見るだけで、よく燃えるだろうとわかる。

▼ 共同印刷社

これは1号館といって昭和13年(1938)建築。共同印刷は1930年代にコンクリート建物群をこの地につくったらしい。正月明けには解体が始まるとのこと。

▼ 白山通りを南下、春日方面へ。

4 ⇒ 5 

小石川台地(最上地図の3の下の部分)と本郷台地(最上地図の右側の台地)の間の低地を通って小石川後楽園に行くつもりだったが、西に少し行って小石川台地に入り、一端台地に乗り、そして、牛坂を下る。


春日通りを西へ。緩い坂で小石川台地を上る。


台地平坦面。

▼ 牛坂

▼ 日中友好会館(小石川後楽園の隣)

ここにあると初めて知る。1967年2月28日の善隣学生会館事件(愚記事;蓮舫の媒酌人は、かつて、支那留学生を襲撃。 弟が証言)はここでおきたらしい。

▼ 小石川後楽園

入場料 300円。

5 ⇒ 6 ▼ 南下して神田川を渡る。初めて小石川橋を渡る。

▼ 水道橋駅まで少し東へ。そして南下、神保町へ。

おしまい。