敗戦後、札幌に進駐した米占領軍について書いた(愚記事;敗戦直後の札幌市街の画像;米占領軍接収事情、あるいは、この写真はどうやって撮ったのか?)
情報元はネットだ。一方、敗戦直後、札幌に進駐した米兵の手記が、2000年に出版されていた。"A very intimate occupation", by Vincent W. Allen. 少尉だ。日本に来たのは23歳。
■ インテリさまの滞日記
愚ブログの標題を『看猫録』という。 もちろんこれは朝鮮儒者・姜沆(カンハン)の『看羊録』からのパクリだ(愚記事)。 看羊とは羊を看ることであるが、これは前漢時代の儒者・蘓武(wiki)が匈奴に抑留された時にしていたことだ。この故事を朝鮮儒者・姜沆が本歌とした。抑留されたインテリさまの記録だ。
一方、アレン少尉は云う;「2000年前にローマ人がイギリス(Britain)を占領していた時の日記が見つかったら愉快じゃないか!」。自分の日本占領任務をローマ帝国のブリテン島征服になぞらえる。インテリさまなのだ。1943年にジョージタウン大学の外交学部卒業。ジョージタウン大学は名門校で、wikiによると「国際関係・外交分野に関しては非常に有名で、学士課程もThe Top Ten International Relations Undergraduate Programsの世界5位にランクされた」とのこと。(おいらは、散歩で行ったことがある[1]。)
■ アレン少尉の所属組織
アレン少尉の所属組織は、the 441st Counter Intelligent Corps (CIC)。この組織の名前が江藤淳の本、『閉ざされた言語空間』にある。第四四一対敵諜報部隊。
第二次世界大戦中、カリフォルニア州マンザナの日系人強制収容所には鉄条網が張りめぐらされ、監視されていたが、眼に見えぬ戦争の戦場となった日本本土には、それに類する虜囚の象徴はどこにも見当たらなかった。監視哨の役割を果たすべきCICとCCDの活動は、いずれも細心に隠蔽されていたからである。(江藤淳、『閉ざされた言語空間 占領軍の検閲と戦後日本』、1989年 )
江藤の文章にでてくるCICが、アレン少尉の所属組織のCounter Intelligent Corps (CIC)。
■ 日本へは小樽に上陸、そして札幌へ
占領米軍の札幌進駐は日本の記録をこれまでおいらは引用してきた;
昭和二十年十月四日、まず米第八軍九軍団の六千名がバーネル少将の指揮下に函館港に入港、つづいて北海道進駐米軍最高司令官ライダー少将および七七師団長ブルース少将が部下八千名をしたがえて小樽港へ向かった。
翌五日、小樽は薄曇り、札幌は曇りのち晴れ、高くやがて晴れあがった秋日和。
(中略)
小樽から札幌へは海岸ずたいに三十七キロ、午前七時すぎには早くも先発のトラック四台が札幌へのりこみ、日本側の先導で、中島公園内の元北部軍司令部あとの建物に入った。つづく車両の進駐軍は手に手に自動小銃をにぎりしめ、鉄カブトをにぶく光らせながら、その前日市役所が労務者を動員して掃き清めた北一条のアスファルトの道路を通過してゆく。
でも、アレン少尉の回顧によると、自動車による小樽から札幌への進駐ばかりでなく、列車での札幌入りもあったのだ。アレン少尉は列車で札幌に入ったと書いている。受け入れの日本側の記録では日本に進駐してくる前の情報は書かれていない。アレン少尉の回顧によると、北海道進駐部隊は、フィリピンのセブ島から、レイテ島を経由して日本に北上した。セブ島を出発したのが9月26日。マッカーサーが厚木に到着したのが8月30日なので、結構のんびりしていた(???)。主だったアレン少尉の印象は、列車の座席の大きさがアメリカ人に向いていない。札幌の印象は、モダンで、戦災を受けておらず、道が舗装され、広い。札幌駅から車両で移動。街は異常に静まりかえっていた。進駐軍に対し、男は帽子をとり、女はお辞儀した。最初の数日は若い女を見なかった。野球をしている少年を見た。
アレン少尉の業務は炭鉱があった美唄でKoreansやChineseの処遇の管理、あるいは、情報収集。連合軍兵士も労働させられていたが、すでに解放、帰国。
アレン少尉は札幌の後、函館、川越、京都、高知など日本全土を転々とする。業務内容は、対敵諜報活動。まずは、日本の武装解除と武器回収。そして、共産主義活動の監視。
■ 鹿児島で昭和天皇に謁見
⇒ Ah So! については明日の記事:1960年の占領米軍兵士@インテリ、あるいは、Ah, So、"外人べ兵連だがバカにできない"、呉智英
アレン少尉が昭和天皇に謁見したのが1949年(昭和24年)6月4日。昭和天皇の戦後の巡幸として鹿児島県を行幸した時。アレン少尉の回顧を根拠に事情を書く。まず、アレン少尉の回顧の日時は史実と矛盾しない;wiki:昭和天皇の戦後の巡幸都道府県一覧。
▼ 謁見に至る事情
当時、鹿児島県で任務に従事していたアレン少尉は、天皇行幸の治安維持業務を行った。特に、共産主義性勢力への対応。アレン少尉は鉄道で到着する昭和天皇を駅に迎えている大勢の人の中で業務を行った。印象的な事例として、日ごろ天皇を中傷する共産主義者の扇動家が駅にいた。任務のためその共産主義者たちの傍に立つ。すると、天皇が到着するや人目をはばからずその共産主義者たちは天皇を見た感激で泣いていたという。
一方、知事・石原から連絡があり、天皇に謁見しないか?と。申し出を受けることにする。アレン少尉の回顧では Governor Ishiharaとある。ただし、当時の鹿児島県知事は、重成格であるとwikiにはある。ちょっと、史実と整合しない。
謁見は通訳を入れて3人だけで行われた。
▼ 謁見の詳細:アレン少尉の回顧の和訳
アレン少尉:「私はアレン少尉です。CICの鹿児島県の執行責任者です。私はもうすぐで丸4年日本にいますがマッカーサー元帥には会っておりません。それゆえ、本日陛下にお目に書かれて光栄です。」
昭和天皇:「私はここ鹿児島に10年間来ていませんでした。それで、この我が国の最南端地域を訪れてうれしいです。」
アレン少尉:「私はこれまで日本の4島すべてと対馬に駐在してきました。」
昭和天皇:「全くあなたは我が国を相当に見たわけですね。あなたは日本のどの地が一番気に入りましたか?」
アレン少尉:「私は高知とここ鹿児島が好きです。気候が温暖ですから。さらに面する海がとてもきれいです。南太平洋のようです。私は10月に帰国しますので、この謁見が私にとっての生涯の思い出になるでしょう。」
昭和天皇:「あなたもおわかりのように、私はあなたのような兵士たちと話すことはめったにありません。あなたは、日本に占領当初からいるといいました。それなら、あなたは当時の状況を知っている。あなたをアメリカの代表として、私の民のためにアメリカがしてくれたすべての親切に、私は感謝したい。アメリカの私たちの学校、病院、スポーツ等などへの援助は限りなく貴重なものです。このことについては、私はマッカーサー元帥に表明してきました。そしてあなたに改めて心の底から繰り返し感謝します。あなたもおわかりのように、課題は山積、再建しなければいけないことも多大です。」
アレン少尉:「日米双方が被害を蒙りました。多くの人が忘れるために時間を要するでしょう。しかし、日本人は戦禍の修復に忙しい。私は日本人が存続することを望みます。」
昭和天皇:「あなたは10月に帰国されるとのこと。また、お会いしましょう。」
アレン少尉:「光栄です。」
▼ その後
1980年10月23日に日本政府からアレン少尉が裕仁天皇と非公式単独謁見をしたことを確認する手紙を受け取った。この特権を受けたのは全員で4人だけとアレン少尉は書いている。昭和天皇が御不例の時、誕生祝いの手紙をマンスフィールド駐日大使を経て送った。そうすると、宮内庁から返事が来た。
● Ah So!
アレン少尉の日本占領への従事の回顧録 "A very intimate occupation" の第11章が鹿児島での昭和天皇への謁見のことが書かれている。その第11章の表題が Ah So! である。もちろんこれは昭和天皇の口癖の「あ、そう」によるものだろう。でも、アレン少尉の回顧録ではこのAh So!については説明していない。
このインテリジェンス将校と天皇との会見の背景、意義、邪推は今度記事にしたい。
■ アレン少尉、この夏、新盆
アレン少尉は昨年末に死んだ。この夏、新盆だ。
Vincent W. Allen Passed away on December 1, 2019
● ネタ本;
・閉ざされた言語空間(Amazon) ・A very intimate occupation(Amazon)
[1] (おいらは、散歩で行ったことがある)ジョージタウン大学
ワシントンにジョージタウンという地区がある。古い地区だ。明治初期には日本の公使館があり、あの森有礼が勤めていた。ワシントンに出張した時の休日にジョージタウンを散歩した(16年前だ;ワシントン散歩⑦:北米出張29)。特に目的もなく歩いていたが、たまたま見た、ジョージタウン大学。
【イエズス会、奴隷売却】
首都ワシントン近郊のジョージタウン地区にあるジョージタウン大学は1789年にイエズス会によって設立されたが、イエズス会は1838年、借金を返済するために奴隷272人を売却した。
同大を設立したカトリックのイエズス会に売られた奴隷たちの子孫に対する償いを目的とした基金の設立が、学生協会の投票で承認された。ジョージタウン大学学生協会によると、投票結果は賛成2541票、反対1304票。この種の基金の設立は米国で初めて。
ソース:https://www.afpbb.com/articles/-/3220726