―総論―
65年目の敗残国での日々。ロシアとアメリカに行った。冷戦終了20年、ヤルタ・ポツダム体制がヤルタ・ポツダム・ペキン体制になったことを悟る2010年;
―地下生活者もお土産屋―


ロシアに観光に行った。その時サンクトぺテルブルクで見た"ドストエフスキー"という名のお土産屋。地下にある。冷戦が終了して20年。ロシアはすっかり穏健になって外国人観光客向けに、自らの貧しい?文化遺産を用いて商売をやっているのかと思いきや、ボルシェビキ・赤旗が復活し再帝国化の兆しを見せていた。

而して、その政治的象徴は対ファシスト戦争勝利65年周年記念式典である。ご丁寧に中国の胡錦濤国家主席をロシアに招き、共同で祝祭。認識はドイツ同様日本はファシスト集団であり、撃滅したことが現在の中露の国家的存立意義ということだ。
プーチン氏は「われわれ両国は、大戦での(ドイツの)ファシズムと日本の軍国主義に対する勝利に大きく貢献した」とし、胡主席が9日の対ドイツ戦勝記念日行事に出席すること自体が、中ロの緊密な関係の証しだと謝意を表した。(ポスターは多種類あるから、どれも見逃さないように! )
果たして、秋には尖閣諸島事件で北京政府は尖閣(・魚釣)諸島は中国民族固有のものと宣言。さらには中国"在野"では琉球も中国領という主張。一方、ロシアはメドベーチェフ大統領自らが北方領土の土を踏んだ。彼らは戦勝国として当然だと思っているのだろう。これらに対し、日本は65年も経っているのだから、"敗戦"国とか戦勝国であるとかいうことは、世界政治を動かす理念としては重要であることなど気にもとめていないようだ。
そして、残された唯一の道が 対米すがりつき しかない現実に、この65年日本政府は現(うつつ)をぬかしてきたことを改めて知る。
この1年の愚記事群を読みなおして、民主党政権への言及はほとんどない。これは、金星探査機・あかつき、つまり金星の軌道投入に失敗した探査機を謗らないことと同じ動機に基づく。すなわち、あまりにも哀れで、<ねたみ>の対象には程遠い。<ねたみ・そねみ・ひがみ>を駆動力としている本ブログにはそぐわないのである。
でも、日本瓦解の駒が進んでいるので、わくわく・どきどきの胸のときめきは隠せない。21世紀の琵琶法師として、壇ノ浦まで付いていけるようがんばりたい。そして、見届けて、ぬっぽん衰亡紀をうたうのだ。まずは、今のおいらの衰亡紀・「いか@ 筑波山麓 『看猫録』」をがんばっている。
―各論― (小さい画像はクリックで拡大されるでしょう)
【1-3月】
■解体前のフランス大使館旧庁舎を訪れる唯一のチャンスに便乗。

・ 男性の地球でない
・ 昔はここで、ひそひそ話し
・昔はここで、像を現していた
■death valley稼業;実験室建設・装置設置進む。

・夭折に関する取り決め
【4-6月】
■ロシアに観光旅行に行った。

・猫たちが食い尽された街へ;サンクトペテルブルグ参拝
■ギリシアに行きそこねる。
・ギリシアに行きそこねた; 2010年の思い出I
■東京都庭園美術館で催された『―ロシア構成主義のまなざし―』、ロトチェンコ&ステパーノワ展に行く。
・アール・デコの館でロシア構成主義

■毛唐さん饗応役に出仕
・毛唐さん饗応役に出仕; 2010年の思い出II
■ハイデガー熱出る。ハイデガー熱が出た背景はR.E. ルーベンスタインの『中世の覚醒』を読んだこと(・ R.E. ルーベンスタイン、 『中世の覚醒』、小沢千重子 訳 )。ヨーロッパがギリシアの正嫡と自称する例の問題について考えたから。ハイデガーこそ、ギリシアの正嫡意識が高いんだろうなぁと考えたから。そして、ヨーロッパ=毛唐文明の"精華"に違いないファシズムの問題。ハイデガーはどのようにファシストであったのかという問題。ここ20年の間に刊行された伝記を集めてみてみた。
やはり、ハイデガーはナチスに巻き込まれたというものではなく、ある種の社会・文明を企てようとした。それが理念としてナチズムと同一であったというわけでもないが、ある種の強烈な社会・文明思想だったらしい。
こういうこの哲学者の世俗での行動のことはハイデガーの哲学の論理そのものとは一線を画するものという考えがある。哲学は哲学として扱えるし、扱うべきであるという立場。でも、ハイデガーの思想は、キリスト教の神学が信仰という実践の前提がなければそもそも無意味であるのと同様に、ハイデガーの思想はファシストととしての実践がないと理解も運用もできないものであるとは考えないのだろうか?

・吸血の後で
・ デリー化する東京で、松丸本舗参拝
・ハイデガーのルサンチマン、あるいは、ハイデガーは"理系"だった!
そうしたら、日本経済新聞の"私の履歴書"にハイデガー屋さんの木田元さんの自伝を発見; 日帝海軍最年少の復員兵、あるいは日帝廃棄物; 木田元さん私の履歴書
木田元さんは1983年の時点で"嘘"はついていないが、海軍兵学校に在籍したことを"隠蔽"し、あるいはあえて言わず、読み手に対する"情報操作"を行っていたことを指摘した。
【7-9月】
■くろさん死去。ブログ開設以来最大の不幸。
■シャガール展に行く。
・屠(ほふ)られる獣(けもの)の声を聞くシャガール、あるいは、Daseinは獣も含みうる

【10-12月】
■米国特許の通知が来る。バイト先は特許の本状が現場に来る。現場で管理しなければいけないのだ。以前のバイト先では特許部が管理していたのだろう。初めて、US特許の本状を見る。過剰包装にびっくり。ノーベル賞かと思った(おもわねーよ)。この米国特許は闘争5年?くらい。長かった。2-3回審査官とのやりとりがあった。やっと、通った。審査官の名前がインド系だった。米国の特許業界事情の一端を覗いた気がした。たぶん、日系とかコリアン系、そして中国系の特許審査官は少ないのではないのではないだろうか?インド人に英語と科学のバックグラウンドがあることが理由なのだろう。

■米国出張。
・アメリカ勘定旅行
■甲種危険物試験受験。
バイト先から甲種危険物取扱者の資格取得命令。約20年ぶりくらいで受験勉強。落ちると恥なので、結構びびった。

暗記と論理という観点で、法学と数学を比べた(ヨタ)話をどっかで読んだ。すなわち、数学は論理の学問とされているが実は事例の記憶が重要であること、一方、法律というのは暗記(記憶)の学問と思われているが実は一貫した論理があることが指摘されていた。今回、危険物の法令の勉強で、確かにそうだべな、と思った。法令はバカ暗記で切り抜ける人がほとんどだと思うが、法令の理由や根拠って結構論理的一貫性がある。そしてその論理的一貫性を成し遂げようとする"思想"が透けて見える。よい経験でした。
■われらが有馬朗人センセが、文化勲章。祝! 「ゆとり教育」、「ポスドク一万人計画」や「国立大学独法化」で日本の文化状況の革新に重大な貢献をしました。一将功成りて万骨枯る。草場の陰から"消えたポスドク"もお祝いしていることでしょう。それにしても"ノーベル賞を目指せ!"と、はしたない言葉で日本科学者を励ましてきた有馬センセ。文化勲章伝授式には、急遽受賞が決まったノーベル賞組の二人が。ノーベル賞を取れば、文化勲章は自動的についてくるからだ。日本国文化勲章はノルウエー王国のノーベル賞の"おしゃれ小鉢"なのである。どんな心境で有馬センセは同席されたのでしょうか?やっぱり、"ノーベル賞を目指せ!"だったのでしょうか。それにしても有馬朗人センセの大臣在任中に、巷の工場(こうば)でバケツで作業してたら"青い光"がでたんですよね。もう、昔のことだ、みんなは忘れちゃったかな。世も末で、博士が大臣だ。
■サンクチュアリーにしてもらった愚ブログ;いか@ 筑波山麓 『看猫録』。 惑星探査機・はやぶさに批判的記事を書いた。そうしたら、あるツイッターに"突撃禁止"と保護されて言及された(@SubaruTakeshimaさん)。

・試料採取目的惑星探査機『はやぶさ』の残念について