草莽隊日記

混濁の世を憂いて一言

「令和」のもとの序文を書いた大伴旅人は浪漫的抵抗者!

2019年04月21日 | 思想家

日本浪漫派の保田與重郎は心情の人であった。大阪高等学校の学生であった保田は、ロシア革命の共感を歌に詠んだ。「冬空のソビェット大使館の赤き旗若き女も泪流しおらん」。ソ同盟防衛を叫ぶコミンテルンを支持しているようにも解釈できるが、磯田光一は『比較転向論序説』で「ソビェットはむしろ孤独な心情が選びとった仮構」と解釈した。あくまでも一つの夢を歌にしただけであって、どちらかといえば、保田はアナーキストに近かった。「テロリストのかなしき宿命も思ひつゝ宰相の車に爆弾を打つ」という歌が、それを物語っている▼保田は『今日の浪漫主義』で「今日の場合は無意識に日本市民社会の実用主義とそのヒュマニティのデモクラシイに対し、僕らはむしろいデカダンをとるのである。今日の罪悪と欺瞞を知っているから過去の光栄を知っている」書いたが、今の時代は夢を紡ぐことすら難しくなっている。共産主義は手垢に汚れたイデオロギーであり、まともな人間は口にしなくなった▼そこで令和の御代の到来である。保田は『万葉集』を論じながら、「ことだま」の支配する世界が瓦解していったときに、大伴旅人は「逃避的ディレッタントになった」と断じた。浪漫的抵抗者であったがために、世を避けるようになったというのだ。その旅人の序文から「令和」に決まったということに、遠つ祖の思いがこめられているような気がしてならない。万葉集の「言霊の幸はふ国」を思い起こすことで、グローバリズムに身構え、失われた日本を取り戻すときなのである。

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