すぐに見たい資料があったので、急に思い立って、福島市の県立図書館に行ってきました。高速は利用せず、いつもの通り国道115号線で土湯峠を越えました。帰り道のことです。NHKFMの歌謡スクランブルでテレサテン特集をしていました。まだ外で飲む機会が多かった頃に聴いた曲ばかりでした。「時の流れに身をまかせ」や「別れの予感」は、よく女の友達が歌ってくれたものです。
今回、聴き入ってしまったのは、1990年にリリースされた「香港」でした。テレサはその前年の5月27日、北京で盛り上がっていた民主化運動を支援するために、香港で開催されたコンサートの集会に参加し、「民主万歳」と書かれたハチマチを締めて「私の家は山の向こう」を歌いました。
しかし、テレサの願いはかなえられず、6月4日には学生たちは戦車に踏みにじられました。天安門事件です。さらに、激しい抵抗にもかかわらず、香港の人たちの自由も奪われてしまいました。
「香港」の作詞は荒木とよひさ、作曲は三木たかしですが、最初のフレーズの「星屑を地上に蒔いた この街のどこかに 想い出も悲しみさえも いまは眠っている」というのは、現在の香港を語っているような気がしてなりませんでした。
昨日の香港、今日の台湾、明日の日本にならないようにするために、私たちは何をすべきかです。それを真面目に考えなくてはならない時代が到来したのです。
今回、聴き入ってしまったのは、1990年にリリースされた「香港」でした。テレサはその前年の5月27日、北京で盛り上がっていた民主化運動を支援するために、香港で開催されたコンサートの集会に参加し、「民主万歳」と書かれたハチマチを締めて「私の家は山の向こう」を歌いました。
しかし、テレサの願いはかなえられず、6月4日には学生たちは戦車に踏みにじられました。天安門事件です。さらに、激しい抵抗にもかかわらず、香港の人たちの自由も奪われてしまいました。
「香港」の作詞は荒木とよひさ、作曲は三木たかしですが、最初のフレーズの「星屑を地上に蒔いた この街のどこかに 想い出も悲しみさえも いまは眠っている」というのは、現在の香港を語っているような気がしてなりませんでした。
昨日の香港、今日の台湾、明日の日本にならないようにするために、私たちは何をすべきかです。それを真面目に考えなくてはならない時代が到来したのです。