素人が政治に口を出したりするのは、民主的でよさそうだが、それは同時に敵を想定することであり、本当は命懸けなのである。ワイドショーを見ていると、コメンテーターが言いたい放題だが、まともな意見はほとんど聞いたことがない。それでも、人気者であるのを武器に、テレビに出ている芸能人が政治家になりたがるが、そんな甘っちよろいことで政治家になるべきではない。70年安保を前にした68年6月16日、三島由紀夫は学生とのティーチ・インを一橋大学で行ったが、そこでの三島の発言を、ついつい思い出してしまう。「大体政治の本当の顔というのは、人間が全身的にぶつかり合い、相手の立場、相手の思想、相手のあらゆるものを抹殺するか、あるいは自分が抹殺されるか、人間の決闘の場であります」とまで言っていたからだ。だからこそ、「言論の底には血がにじんでいる」のを見落とさなかった。言論活動にしても、責任を絶えず問われるのであり、生半可なことではないのだ。あの当時ですら、昭和元禄とか呼ばれていたのに、なおさら今は、政治家が軽薄になってしまったようだ。この国の総理大臣や政権与党の民主党が、国民に嘘をつくことを政治だと勘違いしているわけだから、政治が劣化するのは防ぎようがないが。
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