GWは自宅でのんびりするに限る。
あたり一帯に生活雑音がなく、東工大緑地の鳥のさえずりや東急線電車の発着音が、五月の風に運ばれて吹き過ぎる。こんなに静かなのは、他に正月ぐらいのものだ。
ブログの記載に反応し、あるいは修正してくれる人があって、ありがたい。
まず、4月25日のライラックの件。
「よく知らない」と書いたら、よく知っている人たちから反応があった。
「ヨーロッパを旅行したとき、ロンドン橋からヒースロー空港に向かう道すがら、ライラックの並木道がちょうど満開で美しかった思い出があります。帰ってきてからライラックの苗木を手に入れられないか探しましたが、見つからずそのうち忘れてしまいました。気候のためか、日本ではあまり見ませんね」
これは我が母。
次はT君。
北海道出身でロシア生活が長く、北海道でもロシアでもライラックを見慣れている。
「札幌では毎年6月はじめにライラック祭りをやっていたように記憶します。『リラ冷え』なんて言ったりします。モスクワで取ったライラック(リラ) の写真その他を送ります。こんな大きなライラックは北海道では見たことありませんでした。モスクワの最高の季節(5~6月)の写真です。」
彼が送ってくれた4枚の写真を連続して掲げる。タイトルは順に、「リラ」「タンポポと森と空と」「チューリップと鐘楼」「りんごと教会」
どれもよく撮れていて、空の広さ、空気のきよらかさが、胸の内を満たすようだ。
涼しい地方のものなんだね。
我が一族は四国の出身だから、旅先でもなければなじみがないわけだ。
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それぞれ他にも教示あり。
「きにょう」は松江の方言かと書いたところ、松山あたりでも「きにょう」「きんにょ」などという年寄りがある、と母。
さっそくネットで見てみたら、讃岐・伊予から海を渡って広島・大分などでも聞かれるようだ。環瀬戸内一帯に広く聞かれる訛りかな。
それで思い出したが、古くは広い地域で話されていた言葉が、中央では消えて辺縁に残ることはよく見られる。
松山では、「~できない」ということを「ええせん」と言ったりするが、古語における「え~せず」という表現と重ねてみると、不思議に雅な響きに聞こえるだろう。
「きにょう」なども、案外、平安時代はこれが正則だったかもね。
小学校6年の夏に松江から山形へ転校し、全体として言葉はひどく違うのに、どちらも「なぜ?」のことを「なして?」と言うのが不思議だったが、これもその式だろうか。
ちなみに、平安人は「はな(花・鼻)」を「ふぁな」と発音していたのだそうだよ。
ふぁなの色は 移りにけりな いたずらに・・・・・
再度T君に戻る。
ジョン・ミルン夫妻の墓が函館市船見町にあるらしいと書いたら、以下のように教えてくれた。
「函館船見町の墓地は外人墓地と呼ばれてもいて、明治期の外人さんが多く眠っているようです。
御教示に感謝