コイケさんのおばあちゃんが、よちよちとやってきた。
「ええ、おかげさまであれからは調子がいいんです。夜は眠れるし、朝も起きられるようになりました。お薬を減らしていただいて、ほんとに助かりました。」
「ははぁ、良かったですね。今日は確かにお元気そうですよ。もっと減らせるでしょうけれど、今ほかに困っていらっしゃることは?」
「体重です、先生。この3年間に9kgも太ってしまって。歩いて息が切れるんですから、いやになっちゃう。せめて5kg減らしたいと思ってね。」
「それなら、次はドグマチールを減らしていきましょうかね、あれは太るから。」
「はぁそうですか、お願いします、もっとも今みたいに食べてちゃ同じでしょうけど、もう着る物がどれもこれも合わなくなって、先だってたくさん服を捨てちゃったんです。」
「え、捨てちゃったんですか?」
「ええ、いっそ捨てたら、何か変わるかと思って、」
「捨てないでさ、またこれを着られるように頑張るぞ、って励みにすればいいのに。」
「そうだねぇ、そう言われてみればそうですねぇ、何せ息子がね、」
「息子さんが?」
「ええ、癇癪起こしてね、思いきって捨ててみろ、捨てなきゃ変われないからって、」
「息子さんって、あの先日一緒に来られた・・・(街で出会ったら避けたいような、頭をツルツルに剃って気の短そうな?)」
「そうなんです、言い出すと恐いんですよ、ずいぶん想い出もあったのに、はぁ、惜しいことをしました。」
「それで、捨てたら体重は減ってきたようですか?」
「減らないです、全然、ああ捨てるんじゃなかった。それでもね、先生、俳句が団体の全国誌に載ったんですよ。これもお薬が減ったおかげです。」
「へぇ、コイケさんは俳句をなさるんだ」
「なかなか芽が出ないんですけど、20年越しでね、初めて全国誌に出たので、もう嬉しくて」
「どんな句です?」
コイケさんは胸を張って、
「菖蒲湯の香りの良さも一夜なり」
と詠じた。
***
菖蒲湯はかぐわしい。コイケさんはその香りが大好きで、湯気の中でいっぱいに吸い込んでみる。
明日もまた香りを楽しみたいけれど、お節句のことはそういう訳にはいかない、
夜が明けたらお湯と一緒に流さなければ、その潔さがお節句のケジメだもの。
そう思った時ふと句が浮かんだ。
お風呂から上がるが早いか、忘れないうちに書き留めた。
それが所属する団体の全国向け会報に載ったのだという。
でも、減薬とは関係ないな。
菖蒲湯は五月、他院から移ってきたコイケさんの多すぎる薬を整理し始めたのは、この八月だもの。
ひとえに多年の精進への、天の賜物だ。

(http://allabout.co.jp/gm/gc/220751/2/)
「ええ、おかげさまであれからは調子がいいんです。夜は眠れるし、朝も起きられるようになりました。お薬を減らしていただいて、ほんとに助かりました。」
「ははぁ、良かったですね。今日は確かにお元気そうですよ。もっと減らせるでしょうけれど、今ほかに困っていらっしゃることは?」
「体重です、先生。この3年間に9kgも太ってしまって。歩いて息が切れるんですから、いやになっちゃう。せめて5kg減らしたいと思ってね。」
「それなら、次はドグマチールを減らしていきましょうかね、あれは太るから。」
「はぁそうですか、お願いします、もっとも今みたいに食べてちゃ同じでしょうけど、もう着る物がどれもこれも合わなくなって、先だってたくさん服を捨てちゃったんです。」
「え、捨てちゃったんですか?」
「ええ、いっそ捨てたら、何か変わるかと思って、」
「捨てないでさ、またこれを着られるように頑張るぞ、って励みにすればいいのに。」
「そうだねぇ、そう言われてみればそうですねぇ、何せ息子がね、」
「息子さんが?」
「ええ、癇癪起こしてね、思いきって捨ててみろ、捨てなきゃ変われないからって、」
「息子さんって、あの先日一緒に来られた・・・(街で出会ったら避けたいような、頭をツルツルに剃って気の短そうな?)」
「そうなんです、言い出すと恐いんですよ、ずいぶん想い出もあったのに、はぁ、惜しいことをしました。」
「それで、捨てたら体重は減ってきたようですか?」
「減らないです、全然、ああ捨てるんじゃなかった。それでもね、先生、俳句が団体の全国誌に載ったんですよ。これもお薬が減ったおかげです。」
「へぇ、コイケさんは俳句をなさるんだ」
「なかなか芽が出ないんですけど、20年越しでね、初めて全国誌に出たので、もう嬉しくて」
「どんな句です?」
コイケさんは胸を張って、
「菖蒲湯の香りの良さも一夜なり」
と詠じた。
***
菖蒲湯はかぐわしい。コイケさんはその香りが大好きで、湯気の中でいっぱいに吸い込んでみる。
明日もまた香りを楽しみたいけれど、お節句のことはそういう訳にはいかない、
夜が明けたらお湯と一緒に流さなければ、その潔さがお節句のケジメだもの。
そう思った時ふと句が浮かんだ。
お風呂から上がるが早いか、忘れないうちに書き留めた。
それが所属する団体の全国向け会報に載ったのだという。
でも、減薬とは関係ないな。
菖蒲湯は五月、他院から移ってきたコイケさんの多すぎる薬を整理し始めたのは、この八月だもの。
ひとえに多年の精進への、天の賜物だ。

(http://allabout.co.jp/gm/gc/220751/2/)