散日拾遺

日々の雑感、読書記録、自由連想その他いろいろ。
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初の和歌山

2013-10-07 21:49:42 | 日記
2013年10月7日(月)

慣れているようで土地勘がないというのは、たとえばこういうこと。
和歌山で仕事と言ったら「遠いね」と妻、「遠いわね」と義母。
遠いのか・・・?
遠かった。

8時に宝塚を出て、9時21分に天王寺で「くろしお」に乗る。
シートの背に何かの広告で「和歌山は旅の原点」とある。
熊野詣のことを指しているらしい。僕は神武東征のことを思った。
奈良へ入るとき、はじめ東行して果たさず。
太陽(=天照大御神)に向かっていくのが良からずと悟り、迂回して熊野路をとって成功した。
その途の半ばが今日の仕事場である。

昨日ほど暑くはないが、陽ざしがきつい。
線路脇の樹木が大きな櫛の歯になってリズミカルに陽光を遮り、強い明滅をつくり出す。目を閉じてもまぶた越しに脳が叩かれる。

通路をはさんで右側のおじさんは、読み終わった新聞を足下に広げて敷き、その上に靴下裸足で寛いでいる。
懐かしいな、昔は皆がやっていた正しい新聞紙の活用法だ。

O君が涼しい季節に旅先で野宿したとき、路上生活者らしいおじさんが近寄ってくるので、すわと身構えた。
そしたらおじさんは、
「じかに地べたに寝たら風邪引いちまう。これを敷いただけでずいぶん違うから、やってみな」
と、新聞紙を分けてくれたそうな。

左隣のおじさんも靴を脱いでいる。五本指ソックス、ずいぶん普及した。
右側のおじさんは、和歌山駅で降りる時に新聞をていねいに畳んで、座席の前の網につっこんでいった。
丁寧とぞんざいの不思議なバランス。

やがて太平洋が目の前に広がった。
ふだらく渡海のことなど思う。
それに平家の公達の誰だったか、戦場を逃れ熊野灘で入水した者があったっけ。
若い白人のカップルが、イヤホンを分けっこして仲良く居眠り。
「太平洋」に注意を喚起する車内放送も分かっていないのだろうが、わざわざ起こして教えてやるのも無粋というもので。

田辺駅、向こうのホームの駅舎の壁に、田辺ゆかりの人々の写真が10葉ほども貼ってある。
遠見で全部は分からないが、南方熊楠は当然として、武蔵坊弁慶もそうなのか。
碁打ちがいる、誰だあの輪郭は、高川 格?
本因坊9連覇の高川秀格は田辺の産だったか。
いずれもごっつい人々だ。
何となく分かる感じの太平洋。

『タイタンの妖女』
カート・ヴォネガットの描く息子たちは、どれもこれもイカレてるか凶暴か、何しろロクなものがいないが、この作品のクロノも相当なものだ。
作者自身、は生涯に数十人の養子をとって育て続けた。
作品は作者の何を投影しているんだろう?

11時28分、無事に白浜駅着。
初対面のO牧師が、「歓迎石丸昌彦先生」と書いた小さなホワイトボードを掲げて迎えてくださった。
さて、仕事だ。

移動日

2013-10-07 07:07:22 | 日記
2013年10月6日(日)

のぞみ号で隣席になった紳士は、分厚いゲラをせっせと校正中。
文章の校正にあたる人は、誰でも簡単に話しかけることを許さない威厳を発散している。
ローマ兵がなだれ込んだ時のアルキメデスもきっとこんな感じだったと想像するが、戦場の狂奮の中では威厳も用を為さない。
「何某学園百年史」といったタイトルが見える。東京の有名なミッション女子校の歴史をまとめているらしい。

液晶ニュースでは体操で17歳白井が床運動金メダルのこと、広島市職員への聞き取り調査で12%が「飲酒運転歴あり」と回答したことなど。

こちらは『日本書紀』補注を追いながら読んでいく。
「国床立尊 クニノトコタチノミコト」
漢字にとらわれず、音から意味を解くべしとある。
なるほど、もっともか。

「たつ」には stand の意味より先に「出現する」の意があった。
「埃がたつ」「炎がたつ」「陽炎がたつ」そしてもちろん「風立ちぬ」
それまで存在しなかったものがそこに現れる、それが「たつ」の原義だ。
「日がたつ」のもこの系列だと。
「トウがたつ」はどうか?

何しろそういう次第なので、クニノトコタチとは、ぶよぶよと定まらなかった国土のトコ(=土台)がそこに出現したことであり、その現象の人格化(神格化)がこの神の名であるという次第。
森羅万象、モノのみならず現象やプロセスも神となるのが、八百万の神々の世界。
かつて「日本は神の国」と国会で発言して物議を醸した政治家が会ったが、あそこはせめて「神々の国」と言ってほしかったな。

通路を挟んで隣席では、小太りの女性が熱心に放送大学の教科書に読みふけっている。
心理学系の科目である。降りる直前に声をかけてみた。
照れたようなくぐもった答えが返ってきた。

*****

新大阪のホームに降りるなり、熱風に包まれる。
後から聞けば32℃、この時期として記録的な暑さだったらしい。

阪急電車が速いのだろうが、僕は山沿いの田舎びた風景が好きでいつもJR宝塚線を使う。先頭車両の運転士背後に陣取って満悦至極。
車内放送「お乗換えのご案内」のイントネーションが、お「の」りかえにピークのある当地のアクセント。
「お友達」の「と」が高いのと同じである。

乗換精算、「確認のボタンを押してください」と機械の声に、隣の男性が「どれを押すんです?」と助けを求めてくる。
若い女性がバッグを取り落して中身を半ば床に散らし、かき集めてまた駆け出しながら連れの女性と陽気に笑った。
関西だ。

広い空の下、武庫川の岸辺で小学生ぐらいの女の子が三人、網を手にして水中を覗き込んでいる。
手塚治虫記念館の屋根で太陽が反射した。
夏が帰ってきた。