2013年10月23日(水)
・・・とすると、加害者にありがちの居直りは罪責感に対する防衛であるとともに、無力感に対する防衛でもあるかもしれない。
状況に対して何もなしえないことは、自分の責任を問われること以上に人を抑うつ的にする。被害者が赦してくれない限り自分には為すところがなく、償いさえできないのだという自覚に、人は耐えられないのだ。
***
朝、O先生からまたメールをいただいた。内容が嬉しい。
ブログへの掲載に関して一括許可をくださったのを幸い、さっそく載せてしまう。
おはようございます。
少年の時期(たぶん息子さんの年齢のころでしょう)に、孤独の中で読んだ本の話(この本については、親との会話も、友人との会話もなっかったと記憶しています)を、50年後にできるとは、思ってもみませんでした。
僕も、サナトリウムで一生を終えるかもしれないなどと真剣に震えていた時代(そして不健康な少年が革命を夢想していた時代)でしたが、そんなこと、数十年間すっかりわすれてました。
ありがとうございます。また、ゆっくり少年のころのお話しをいたしましょう。
では、これからK学習センターでの仕事に出かけます。
これだけの文面に、ある時代、ある世代の「生」が凝縮されていると言ったら大げさに思うだろうか。大げさなんかでありはしない。60年代だ、これは。50年代ではないし、70年代にも似合わない。
健康への深刻な不安、それを抱えた「不健康な少年」が「革命を夢想していた」時代、忘れていたとおっしゃるけれども、もちろんそれらの体験と思いが今のO先生に開花結実している。
あの頃、革命を夢想することは多くの少年にとって突飛でも何でもなく、直径30㎝のLPレコードやラジオの深夜放送同様に、なくてはならない生活の糧だった。
O先生のユニークさは、そうした少年期を通過して後ろへ投げ捨ててしまうのでなく、今でもその思いを生き続けていることだ。「永遠の青年」と評したのはそのことである。「永遠の革命家」と言っても、たぶん大きくは違わないだろう。
***
明日は某女子大学の講演、昨日までは特に何も考えなかったんだが、聴き手が全員女子大生かと思ったら(アタリマエだ)、今になって言い知れぬ恐怖が湧いてきた。
落ち着こう、6月には関東教区の300人を超える女性たちの前で話をしたんじゃないか。
あらゆる年齢層の女性300人のほうが、講堂を埋める(埋めないかもしれない、うん、きっと埋めない)同数の女子大生より、ずっと手ごわかったさ、うん。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131023-00000015-jij_afp-int.view-000
ドイツで撮影されたこの写真は、明日の予定とは特に関係ない。
うん、関係ない。
***
夜、CATの例会。
精神分析をマクロの現象について応用するのは「あり」ということで衆議一決、日本人のアメリカに対する感情の行方についてなど、あれこれ談論。
毎月の楽しみになっている。
三男は『風立ちぬ』を読み始めたものの、30分ほどで「ありがとう、今、いいや」と返してよこした。
往時のO少年とは、少々嗜好が異なるようである。
・・・とすると、加害者にありがちの居直りは罪責感に対する防衛であるとともに、無力感に対する防衛でもあるかもしれない。
状況に対して何もなしえないことは、自分の責任を問われること以上に人を抑うつ的にする。被害者が赦してくれない限り自分には為すところがなく、償いさえできないのだという自覚に、人は耐えられないのだ。
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朝、O先生からまたメールをいただいた。内容が嬉しい。
ブログへの掲載に関して一括許可をくださったのを幸い、さっそく載せてしまう。
おはようございます。
少年の時期(たぶん息子さんの年齢のころでしょう)に、孤独の中で読んだ本の話(この本については、親との会話も、友人との会話もなっかったと記憶しています)を、50年後にできるとは、思ってもみませんでした。
僕も、サナトリウムで一生を終えるかもしれないなどと真剣に震えていた時代(そして不健康な少年が革命を夢想していた時代)でしたが、そんなこと、数十年間すっかりわすれてました。
ありがとうございます。また、ゆっくり少年のころのお話しをいたしましょう。
では、これからK学習センターでの仕事に出かけます。
これだけの文面に、ある時代、ある世代の「生」が凝縮されていると言ったら大げさに思うだろうか。大げさなんかでありはしない。60年代だ、これは。50年代ではないし、70年代にも似合わない。
健康への深刻な不安、それを抱えた「不健康な少年」が「革命を夢想していた」時代、忘れていたとおっしゃるけれども、もちろんそれらの体験と思いが今のO先生に開花結実している。
あの頃、革命を夢想することは多くの少年にとって突飛でも何でもなく、直径30㎝のLPレコードやラジオの深夜放送同様に、なくてはならない生活の糧だった。
O先生のユニークさは、そうした少年期を通過して後ろへ投げ捨ててしまうのでなく、今でもその思いを生き続けていることだ。「永遠の青年」と評したのはそのことである。「永遠の革命家」と言っても、たぶん大きくは違わないだろう。
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明日は某女子大学の講演、昨日までは特に何も考えなかったんだが、聴き手が全員女子大生かと思ったら(アタリマエだ)、今になって言い知れぬ恐怖が湧いてきた。
落ち着こう、6月には関東教区の300人を超える女性たちの前で話をしたんじゃないか。
あらゆる年齢層の女性300人のほうが、講堂を埋める(埋めないかもしれない、うん、きっと埋めない)同数の女子大生より、ずっと手ごわかったさ、うん。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131023-00000015-jij_afp-int.view-000
ドイツで撮影されたこの写真は、明日の予定とは特に関係ない。
うん、関係ない。
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夜、CATの例会。
精神分析をマクロの現象について応用するのは「あり」ということで衆議一決、日本人のアメリカに対する感情の行方についてなど、あれこれ談論。
毎月の楽しみになっている。
三男は『風立ちぬ』を読み始めたものの、30分ほどで「ありがとう、今、いいや」と返してよこした。
往時のO少年とは、少々嗜好が異なるようである。