散日拾遺

日々の雑感、読書記録、自由連想その他いろいろ。
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九月のゼミ/訃報: 上甲監督

2014-09-03 22:26:31 | 日記
2014年9月3日(水)
 卒業研究ゼミ、今日は8人の参加。仙台と京都からも、いつも通り元気にやってきた。
 今年度に出産した2人のうち、Sさんは欠席でTさんが出席。まもなく生後4か月になる御子息を連れ、涼しげな様子で元気に発表した。偉いものだ。現在身重のもう一人のTさんが、眩しそうに眺めている。僕も久しぶりに赤ちゃんを抱っこさせてもらったが、すっかりコツを忘れて落としはしないかハラハラした。
 もう少し育って首が座った赤ちゃんを、高い高いするのが得意だったが、まだできるかどうか怪しいな。

***

 上甲正典(1947-2014)、愛媛県三間町(現・宇和島市)出身。宇和島東高校・龍谷大学卒業後、宇和島で薬店を開く。1975年から母校・宇和島東高校の野球コーチ。1987年夏、甲子園初出場、1988年春、センバツ初出場で初優勝を遂げる。
 2001年に妻が病没してしばらくは野球に身が入らず、コーチ退任。その後立ち直って、同年秋から済美高校監督就任。
 2004年センバツで同校を初出場・初優勝に導く。夏は決勝戦で駒大苫小牧に敗れるも準優勝。
 2013年春、2年生エース安樂智大を擁してセンバツ準優勝。夏は三回戦で敗退。
 2014年9月2日、胆道ガンにて他界。

 88年春の初優勝はよく覚えている。僕は大分にいて、天中殺と大殺界が一緒に来たような悪運続きで腐っていた時だったから、殊の外うれしかった。
 ピッチャーは小川、さほど球威があったわけではないけれど、落ち着いてシンが強そうに見えた。打線の中核が明神、それに薬師神という選手がいて、上甲さんが「うちには神様が二人いる」と笑ったものだ。宇部商業戦だったか、明神の決勝打できわどく逆転勝ちをおさめるような勢いをつかみ、予想外の栄冠に輝いた。
 宇和島と言えばウシオニ、似ていなくもない。日に焼けた長い顔にきかん気そうなギョロ目と大きな口、手のひらに唾しながら選手にハッパをかける田舎のオジサンらしい振る舞いが、懐かしく頼もしく見えたものだ。済美で優勝した時は、明徳戦で乾坤一擲のダブルスチールを仕掛け、相手のエラーを引き出すような一発勝負も見せてくれた。

 済美はつい最近、野球部内のいじめ事件で秋の大会出場辞退となり、安樂の高校での活躍も同時に終わった。いじめの手口が口にするのも不快なほど陰湿卑劣なもので、同郷人として情けないことおびただしい。上甲さん、部員の指導はどうしちゃったのかと訝っていたが、それどころではなかったのだ。この件が耳に入っていたとすれば、さぞ無念だったろう。

○ 上甲監督ものがたり
http://www42.tok2.com/home/uwajimanenrin/nenpyou/joukou1.html

先生の遺書 95 / 千字文 99 ~ 耽讀翫市 寓目囊箱

2014-09-03 06:59:42 | 日記
2014年9月3日(水)
 「私はその一言(いちごん)でKの前に横たわる恋の行手を塞ごうとしたのです。」
 
 Kに先手を打たれて以来、打つ手がすべて裏目に出る「先生」の焦慮が、以前にはもっと痛ましく哀れむべきものに思われた。今はその怯懦が苛立たしく、卑劣が憎まれてならない。読んでいる自分の何かが変わったのだ。

 「精神的に向上心のないものは、馬鹿だ」
 私は二度同じ言葉を繰り返しました。そうして、その言葉がKの上にどう影響するかを見詰めていました。
 「馬鹿だ」とやがてKが答えました。「僕は馬鹿だ」

 Kが自ら表白する以上に馬鹿なのは、「先生」という目の前の人間の心理に豪も注意を払わず思いやりもしないことである。求道者にありがちの自己中心性そのままにKは生きてきた。そのKが、恋によっていま変容を迫られている。若者の成長の物語として見るならば、それはひとつの crisis ~ ピンチでもありチャンスでもあるような分岐点である。
 けれども漱石は、そのようには話を進めない。ここからは一本道、それぞれが撒いた種を刈って、それぞれに滅んでいく。Kも「先生」も20代前半の若さであることが、昔も今も奇怪に思われる。

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○ 耽讀翫市 寓目囊箱
 読書にふけり、市場で本をむさぼり読み
 (書籍を入れた)袋や箱に、目をよせる。

 漢代の王充は家が貧しく、読む本がなかった。いつも洛陽の市場で、売っている本を読み、一度見ただけで、はや諳んじることができ、忘れることはなかった。それで「市場に翫(あそ)ぶときには、いつも本を収めた袋や箱に目をつけていた」というのである。

 『後漢書』巻49、王充伝による李注の解説。元祖、立ち読み勉強法。「一読暗誦」は羨ましい限りだが、1~2時間の立ち読みが意外に後に記憶を残すことは、確かに実感する。買ってしまうとかえって安心して読まないということもある。一方で「積ん読」も立派な読書の一法と勧める説もある。手許においてときどき眺めているうちに、何となく内容が浸透してくるというのだ。それぞれ一理あるかな。
 王充はその貧しさが幸いしたかもしれない。貧しさを幸いに変えたと言うべきか。

 耽讀翫市 寓目囊箱(タンドク・ガンシ グウモク・ノウショウ)、あまりきれいな音ではないが、意味はすっきり入ってくる。