2014年9月11日(木)
MRIなどと書くもんだから、「どこがお悪いんですか?」と御心配いただいたりして。
A君は「腰?まさかアタマ・・・」と不安げに訊く。精神科診療の助っ人に呼んだはいいが、ひょっとして当人が、と案じたのだろう。
アタマじゃないです、お腹、肝臓。前にも書いたかと思うが、B型肝炎ウィルスのキャリアなのだ。
ウィルスが体内に入り込んでいるのに、異物として排除されることが起きない。いわゆる「免疫学的寛容」の状態でウィルスをもちあるいているのがキャリアである。ウィルスの存在を示すHBs 抗原が持続陽性なのだが、これとは別にウィルスの活動性や感染性を示すHBe 抗原というものがあり、これに関しては一貫して抗原陰性・抗体陽性である。なので放置しておいて良いというのが、30年前の常識だった。
ところが、科学は進歩していろいろ余計なことが分かってくる。一見おとなしくしているウィルスが深く静かに仕事を進め、徐々に肝臓の線維化が進んで肝硬変に至る例がなくもないらしい。危険度の指標とされるのが「ALTが高い、ウィルス量が多い、血小板が少ない」の三条件で、僕はALT(肝炎の指標になる血液中のマーカー)はいつだって低いんだが、ウィルス量が多めなのと、血小板が少なめなので、念のため母校で精査を受けるよう勧められたのである。
しかし、どうなんだろうな。フォローと称して半年毎のMRIやエコーが必要なものかどうか、医者仲間の中には「やりすぎ」と苦笑する者もある。おまけに火曜日のフユカイな一件で、通院意欲が著しく阻喪した。再来週の月曜日に検査結果を踏まえて診察だが、その次第では通うにしても病院を変えようかと思ったりする。
***
午前中、職場健診。午後は御茶ノ水で診療。
移動に思いのほか時間がかかったのは、最近多い「時間調整」が一因である。
「後続の電車が遅れているので」というんだが、これまた疑問あり。混雑緩和の意図が分からないではないけれど、後の電車が遅れたからといって、前の電車に乗っている人間まで遅刻させるのはどうなんでしょうね。ラッシュ時の混雑緩和は必要だろうが、ガランとした昼の時間帯にそれをする理由が僕には見当たらない。
さて、この病院のスタッフに当ブログの読者様がおられて、その御子息が軽い発達障害ありだったりする。
自ずと「一度はMRIを」という話になるんだが、発達障害にありがちの聴覚過敏傾向のため、閉所で「ガンガンガン・・・」という例の轟音を30分も聞かされるのが拷問に等しく、とてもじっとしていられないというのである。さもありなん、あの音は鼓膜ではなく頭蓋骨を底からガタガタ震わす態のものだからね。
その種の患者さんには年齢に関わらず麻酔の使用を検討すべきだし、技術的な工夫とともに術者の配慮が欠かせない。そうした「高度の」技術こそ、大学病院などに求められる社会的な役割のはずだが、現実には「高度」の意味が大きくズレている。
患者にはスピーカーで指図しながら、患者の声は聞こえない(というか聞かない)設定にしてあるなんて、今どきブラックも過ぎる話で、そんな場所で「聴覚過敏のお子さんに配慮を」なんて言っても、たぶん意味が分からないだろう。
***
患者さんに僕と同年代の男性あり。何か共通の話題はないかなと考えて、「東京五輪の最終聖火ランナーが、亡くなりましたね」と言ってみる。「東京五輪を実際に記憶しているのは、たぶん私たちの年代まででしょう」とも。
食いついてくる風でもないが、ふと思い出を話してくれた。
「川口は鋳物の街でね、あの聖火台は私の知り合いの家で作ったんです。ただ、完成直前に親爺さんが急死して、遺された息子らが必死で間に合わせたなんてことが、あったんですよ。」
巨大なジグゾーパズル、そのピースのひとつがここにもあった。
僕は当時前橋にいて、国道17号線を聖火が通過するのを父の勤務先の屋上から見物した。きっとあの聖火が、翌日あたり彼の目の前を通ったのではないかと想像したが、帰って確かめたら17号線は川口市内を通らない。市の西方を戸田から板橋へ入っていくのだった。
***
雨が上がったので、今日もまた市ヶ谷まで歩いてみる。
修学旅行らしい女子生徒たちの大集団が、屈託なく談笑しながら靖国神社を抜けて行った。
巨大な鳥居を通り過ぎて、何だか引っかかる。大鳥居の前の狛犬・・・あれ、右も左も「阿」ではなかったかしら。まさか、でも、確かにどっちも口を開けていたような。
本当かな、本当なら面白いな。
MRIなどと書くもんだから、「どこがお悪いんですか?」と御心配いただいたりして。
A君は「腰?まさかアタマ・・・」と不安げに訊く。精神科診療の助っ人に呼んだはいいが、ひょっとして当人が、と案じたのだろう。
アタマじゃないです、お腹、肝臓。前にも書いたかと思うが、B型肝炎ウィルスのキャリアなのだ。
ウィルスが体内に入り込んでいるのに、異物として排除されることが起きない。いわゆる「免疫学的寛容」の状態でウィルスをもちあるいているのがキャリアである。ウィルスの存在を示すHBs 抗原が持続陽性なのだが、これとは別にウィルスの活動性や感染性を示すHBe 抗原というものがあり、これに関しては一貫して抗原陰性・抗体陽性である。なので放置しておいて良いというのが、30年前の常識だった。
ところが、科学は進歩していろいろ余計なことが分かってくる。一見おとなしくしているウィルスが深く静かに仕事を進め、徐々に肝臓の線維化が進んで肝硬変に至る例がなくもないらしい。危険度の指標とされるのが「ALTが高い、ウィルス量が多い、血小板が少ない」の三条件で、僕はALT(肝炎の指標になる血液中のマーカー)はいつだって低いんだが、ウィルス量が多めなのと、血小板が少なめなので、念のため母校で精査を受けるよう勧められたのである。
しかし、どうなんだろうな。フォローと称して半年毎のMRIやエコーが必要なものかどうか、医者仲間の中には「やりすぎ」と苦笑する者もある。おまけに火曜日のフユカイな一件で、通院意欲が著しく阻喪した。再来週の月曜日に検査結果を踏まえて診察だが、その次第では通うにしても病院を変えようかと思ったりする。
***
午前中、職場健診。午後は御茶ノ水で診療。
移動に思いのほか時間がかかったのは、最近多い「時間調整」が一因である。
「後続の電車が遅れているので」というんだが、これまた疑問あり。混雑緩和の意図が分からないではないけれど、後の電車が遅れたからといって、前の電車に乗っている人間まで遅刻させるのはどうなんでしょうね。ラッシュ時の混雑緩和は必要だろうが、ガランとした昼の時間帯にそれをする理由が僕には見当たらない。
さて、この病院のスタッフに当ブログの読者様がおられて、その御子息が軽い発達障害ありだったりする。
自ずと「一度はMRIを」という話になるんだが、発達障害にありがちの聴覚過敏傾向のため、閉所で「ガンガンガン・・・」という例の轟音を30分も聞かされるのが拷問に等しく、とてもじっとしていられないというのである。さもありなん、あの音は鼓膜ではなく頭蓋骨を底からガタガタ震わす態のものだからね。
その種の患者さんには年齢に関わらず麻酔の使用を検討すべきだし、技術的な工夫とともに術者の配慮が欠かせない。そうした「高度の」技術こそ、大学病院などに求められる社会的な役割のはずだが、現実には「高度」の意味が大きくズレている。
患者にはスピーカーで指図しながら、患者の声は聞こえない(というか聞かない)設定にしてあるなんて、今どきブラックも過ぎる話で、そんな場所で「聴覚過敏のお子さんに配慮を」なんて言っても、たぶん意味が分からないだろう。
***
患者さんに僕と同年代の男性あり。何か共通の話題はないかなと考えて、「東京五輪の最終聖火ランナーが、亡くなりましたね」と言ってみる。「東京五輪を実際に記憶しているのは、たぶん私たちの年代まででしょう」とも。
食いついてくる風でもないが、ふと思い出を話してくれた。
「川口は鋳物の街でね、あの聖火台は私の知り合いの家で作ったんです。ただ、完成直前に親爺さんが急死して、遺された息子らが必死で間に合わせたなんてことが、あったんですよ。」
巨大なジグゾーパズル、そのピースのひとつがここにもあった。
僕は当時前橋にいて、国道17号線を聖火が通過するのを父の勤務先の屋上から見物した。きっとあの聖火が、翌日あたり彼の目の前を通ったのではないかと想像したが、帰って確かめたら17号線は川口市内を通らない。市の西方を戸田から板橋へ入っていくのだった。
***
雨が上がったので、今日もまた市ヶ谷まで歩いてみる。
修学旅行らしい女子生徒たちの大集団が、屈託なく談笑しながら靖国神社を抜けて行った。
巨大な鳥居を通り過ぎて、何だか引っかかる。大鳥居の前の狛犬・・・あれ、右も左も「阿」ではなかったかしら。まさか、でも、確かにどっちも口を開けていたような。
本当かな、本当なら面白いな。