一韶の俳句ブログ

俳句を詠うのは自然・私・家族・夢や希望・社会など。読む時はどんな解釈が浮かぶか読み手の経験や生活によって様々

1789   冬萌や香りにまみれ桧割る

2017年01月27日 | 

 チェンソーで切って小屋に積み、半年ほど放っておいたヒノキを割っている。太いのは直径40センチはあるだろうか。割るほどに香りが発って、とても心地よい。清涼な香りだ。

 枝落としをしていなかったのだろう。節だらけで実に割りにくい。ということは、建材としては、無節のヒノキよりはるかに丈夫に違いない。

 我が家の庭で縄を張っているジョウビタキのメスが、移動しながらこちらを観察している。生木だったから、テッポウムシは、小さいのが一匹いただけ。「嬢ちゃん、残念ながらテッポウムシはあんまりいないよ。ごめんね」

梅が咲き出した。早い木でせいぜい2分咲きくらい。


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2 コメント

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鳥たちが (issyok)
2017-01-31 03:16:40
ふきのとう様

以前、オーストラリアのアボリジニーの人々にとって、テッポウムシが大好物でよく食べているのをテレビで見ました。しかし、私は食べる気はしませんね。
何故なら、鳥たちが待っていますから。
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子供の時分 (ふきのとう)
2017-01-28 16:18:36
テッポウムシの幼虫、薪割りをする父の傍で待ってました。
そう、火鉢で焼いて、醤油を付けて、熱々を食べたのでした。
子供心にも香ばしくて美味しいと感じたのです。
それでは今食べれるかと言えば、食べれないのです。
こんな婆さんになりましたのにやはり無理なのです。
あの貧しい(私の家)時代が懐かしく甦ります。
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