はちきんizyのアメリカ丼

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山あり谷ありの国際結婚ブログです。

命日でした

2024-02-06 | 日本の家族

2月5日は父の命日だ。

そして父の兄の誕生日でもある。

 

ただの偶然だろうけど

まるで兄に自分を思い出してもらいたくて、その日を自分の命日に選んだようにさえ感じる。

 

誰も忘れられたくはないものね。

 

 

父は大正生まれで今生きていたら102歳になる。

 

父が亡くなった年の平均寿命は72歳と言うので

56歳で亡くなった父は平均より短い。

 

父は大学2年の時、精神分裂病と診断され、

その後、阪大?でロボトミーを受けている。 

 

 

ロボトミーと聞くとジャック・ニコルソンの映画”カッコーの巣の上で” で彼が廃人のようになったシーンを思い出されるかも知れないけれど、父はその後、社会生活が出来るようになり、教師?か何かの仕事にもついた。

30代の初め、母とお見合い結婚もし、35歳の時私が生まれ父親にもなった。

 

ただ、父が仕事を休むことが多くなったのか、職を失ったかして

経済的な不安を感じたのだろう母は家を出た。

 

結婚が安定した生活を手に入れる為のものと考える女性は多かったかも知れない。

 

母が家を出た時、私は1歳半だったので何も覚えていないけど

父にとって人生で最も辛い時だったと想像する。

 

と言うのも

感情の乏しかった父が母の写真を見ては

涙ぐんでいたのを小学時代に目にしたから。

それは私にとって父の一部を知った大切な出来事でもあった。

 

 

父は私が6歳の時に精神病院に入院し、亡くなる年までその病院で暮らしていた。

昭和30年代、精神医療はまだまだ遅れていて、父のような精神疾患を持つ患者を社会復帰させようとするより病院に閉じ込めておこうとしていたような時代だった。

私が覚えている父は悪く言うと薬漬けにされていた。

 

 

生まれる時を選択できたとしたら、時代を間違ったね。

 

今はね。

マイクロチップを脳に挿入する事で精神分裂病の治療も出来そうだって時代に入ったんだよ。