間もなく遠野八幡宮のお祭り(遠野まつり)、否応なく地域も家族もお祭りモードに気分も高揚気味・・・・13日は笠揃え、いわゆる今までの練習成果のお披露目と前夜祭みたいなもの、そして14日からは本番となるのです。
今年から長男も鹿子頭、今年一杯は太刀振り(刀掛け)でも良いと親の私は考えていたが、本人もやる気のようで、新米鹿子の誕生となります。
長男が被る鹿子頭
画像ではわかりませんが、真新しいカンナガラが眩しい・・・・。
しかし、駒木鹿子踊のシンボル「九曜紋」「遠州掛川」「元祖角助」の染め抜きを間近にみると踊らない私でも身が引き締まる思いでもあります。
ところが・・・・・
「いだますか」・・・とネネが仲間と思ったのか、直ぐに飛んできて、まがってみる・・・笑
いずれ、間もなく本番、長男のデビューである・・・・。
今年から長男も鹿子頭、今年一杯は太刀振り(刀掛け)でも良いと親の私は考えていたが、本人もやる気のようで、新米鹿子の誕生となります。
長男が被る鹿子頭
画像ではわかりませんが、真新しいカンナガラが眩しい・・・・。
しかし、駒木鹿子踊のシンボル「九曜紋」「遠州掛川」「元祖角助」の染め抜きを間近にみると踊らない私でも身が引き締まる思いでもあります。
ところが・・・・・
「いだますか」・・・とネネが仲間と思ったのか、直ぐに飛んできて、まがってみる・・・笑
いずれ、間もなく本番、長男のデビューである・・・・。
ところで、このししの衣装を着けた時の背中(ささらやかんながらと背中の間)に飾りの小さいな幕は着いていませんか?小友や綾織のにはありましたが、遠野のしし全部についているのか調べているのですが・・・。
いつか勇姿を拝見できるといいのになぁ~。
14日に、フィギュア作家の方がまた駒木さんに取材に行かれるそうですね。
江刺の石関鹿踊さんをモデルに獅子を製作されているその方が、とらねこさんゆかりの駒木鹿子踊さんの鹿子も作られる知ると、『しし』繋がりとは言え、世の中結構狭いものだなぁと思ってしまいます(笑)
遅ればせながら、遠野ブログ画像展のご成功、重ねて心からお祝い申し上げます!
13日、笠揃えですので、その際に確認いたしましょう・・・。
ということでいよいよ出陣間近、当方は14日当直勤務、祭りは15日のみですが、なんとか楽しみたいと思ってます。
南部ばやしもがんばってください。
間もなく遠野祭り、遠野ししに居たっては市内すべての団体が一同に会する場面、見ものでもあります。
フィギュア作家さん、たまたま駒木鹿子踊保存会の方に偶然に声掛け、ここからお付き合いが始まったようですが、こういった縁もまた面白いものですね。
遠野画像展開催に関してお祝いのお言葉、ありがとうございます。
継続企画として毎年開催できたら・・と思ってますので、機会がございましたら開催期間中のお越しをお待ちしておりますし、遠野ガイドへも登録されております羚英さんのブログ、画像の出展も歓迎いたしますのでよろしくお願いします。
当時の学校区を無理に・・・強制的に変更された飯豊地区でした。
地元には「飯豊神楽」という神楽の中でも名を馳せた郷土芸能がありました。
町を越えた変則統合で強制的に青笹しし踊りを教え込まれました。
でも、今は良かったと思っております。
初めて被ったのが笹竜胆の絵柄の獅子頭でした。
中学校3年間で色々な獅子頭を被りましたが一番長く被ったのが鹿でこの絵柄でした。
卒業して感謝状を貰った後も数度依頼があって東京などにも行かせて頂きました。
思い出が蘇ります。
7年前に某団体の記念式典の余興のために練習した青笹しし踊り(風)が忘れられず、その後も色々なしし踊りを見ることになりました。今回の画像展同様で、歳に関係なく夢中になったことは、一生の宝物ですね。
伝統芸能の初陣、そして継承、素晴らしいです。
鹿子頭をちょしてるネネ君もほほえましい限り。
そういえばしし踊りってまだ見たことないです。
駒木鹿踊りから目が離せません。
今回のエントリーの菅公・・・アテルイ・・・安倍一族
奥州は今も昔も熱いエリアです。
青笹中による青笹ししの活動は以前から目を見張るものがございました。
その流れが各地域の伝統芸能を支える根底にあるのではと思ってます。
私はこうみえても中1まで駒木しし踊りに関わってましたが、とある理由で止めてしまい、後は単なる傍観者と成り果ててます。
野球のみならず伝統芸能にも精力を傾けたromiさんは偉いと思ってます。
背の幕、ついておりました。
前の幕をある程度固定するための紐が2本付いております。