しかし、世間一般の女の子とは隔絶した世界にいて、おかみさん達の井戸端会議、世間話や痴話話とは程遠い世界の話が主である中にいた訳です。私は他の子供達や、特に母親とよく一緒にいる世間一般の女の子達とは話題がかみ合わない状態になっていました。この時期の私は、如何しても母より父と話が通じるという具合に育ってしまっていたのでした。
それは外の世界に出ても同じ事でした。世間一般の家庭婦人、おばさん達とも話がかみ合わないという結果になってしまっていたのです。しかも、地域の商売人、この時期の子供が皆大抵はそうであるように、方言が世界の全て、全盛期の時代です、窓辺の婦人の声はアクセントも言葉も標準語であった事が、この時の私の理解をより困難な物にしてしまっていたのです。
「ねえ、おばさん、『あなたわ』って、何の事?」
そう窓辺の婦人に私は尋ねてみる事にしました。勿論彼女の言った通りのアクセント、言葉遣いででした。
「あなたは」
彼女は口にすると、「あなたは、よ、分からない?おや、」と言うと、困った様に頬に手を当てて神妙な顔付きになりました。「困ったお饒さんだわね。」と呟くと、口の中でもごもごと、彼女は言葉の意味が分からない子供にどう説明しようかと考えていました。
考えあぐねた彼女は遂に、『あなたは、が分からないなんて、そんな子もいるのね。』と放心すると、「その方が奇妙で不思議な事ね。」と呟くのでした。彼女は仕方なく、
「あなたよ、あなた、あなたの事よ。」
と単語を連続して口に出してみます。それが私には「穴たよ、穴た、穴田の事よ。」という風に聞こえるのですから、私の頭に浮かぶのは穴や田んぼの光景ばかりとなるのでした。そこで、直近に聞いた言葉の方の理解に困った私にすると、「穴の事?田んぼの事?」等と、口に出して更に彼女に問いかける結果になるのでした。