「そんな物かなぁ。」両親が自分達の居所にしているお店に帰った後、座敷に1人残った彼はテーブルの前で湯飲み茶わんを片手に呟きました。
彼にしてみると、「…ちゃん」は初めての子と言う事で、文字通りの愛娘でした。彼なりに念入りに子育てして来たつもりでしたが、はてさて自分の子育ては間違っていたのだろうか?両親とはこの座敷で一頻り子育て談義した後でした。彼の父さえも息子には味方してくれず、最期には「娘は母に預けなさい。」と言う始末です。そんな舅姑に妻は機嫌良く愛想を振りまき、子はお土産を頬張りにこやかにはしゃぐと、2人は大通り迄賑やかに彼等の帰りを送って出たのでした。家には彼1人取り残された形になりました。
シーンと静まり返った家の中、座敷の中央に1人座した彼は、先刻母に言われた忠告をしみじみと熟慮してみるのでした。「女は女同士」か。言われてみればそうかもしれない。この時、静寂の中で彼は自分の持った子が男の子では無い事、息子の無い男親の寂しさという物を噛みしめていました。頭の中で3人家族の母娘の顔を寄せてみると、彼は1人孤独でした。そこで彼はお茶を一口啜ると、気を取り直したように呟きました。
「反対に『男は男同士』と言いたいものだ。」
そう呟くと、彼は気持ちが緩みふっと微笑みました。彼は見るとも無しに座敷に吊られた掛け軸を見詰めていました。掛け軸には剣を片手に掲げた如何にも勇壮な鍾馗様の姿が描かれていました。
『 逞しくて腕白で、勝気があり聡明な男の子、そんな息子が欲しかったなぁ。』彼はハーッと溜息を吐きました。男らしい男の子、国造りで活躍した勇敢で理知的な日本男子、「日本武尊」、それが彼の理想の息子でした。「それが家は女だったからなぁ…。」と、彼は頭を抱えると長女が生まれた時の事を思い出していました。