Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

土筆(102)

2018-06-14 12:06:30 | 日記

 『俺、本とにこいつとは反りが合わんなぁ…。』

と、彼は心中思いましたが、表面何食わぬ顔をして笑って見せました。

「いや、何時もお前の事も考えているぞ、が、何しろこっちの方が幼いもんだからな、つい年下の方を構ってしまうんだよ。」

と、次男の甥を見やりながら、彼はそんな事をややしどろもどろに長男の甥に言うと、「いやいや本とに立派な中学生だ、おっちゃん、見惚れるぞ。お前女にモテモテだろう。」と、更ににこやかに彼をおだてるのでした。

 「姉さん、あなたは立派だよ、こんな立派な息子を2人ももうけたんだからなぁ。」

彼は居間の座卓の前、何時もの場所に陣取ると、珍しく不愛想にお茶を出す兄嫁に気兼ねして、何時も以上に愛想よく声を掛けました。そしてにこやに義弟らしく愛嬌を振りまくのでした。

 一方、中学生の甥の方は、自分の母親の様子にも常とは違う雰囲気を感じていました。それで母の顔色をじーっと窺っていました。そこでそれと気づいた彼女は長男に目配せし、意味あり気にほくそ笑むと、目で廊下を指しました。彼女は長男に廊下へ出る様にと促したのでした。

 母が廊下に立って出たので、彼もその後を追い立って廊下に出ようとしました。その時です、「兄ちゃん、俺今年の大将に決まったんだよ。」目を輝かせた弟が徐に兄に報告しました。「えっ!」と声に出して兄は非常に驚きました。「どうしてお前が、」そう言って彼は絶句すると、直ぐには事実が信じられない様子です。

 一瞬呆然とした兄でしたが、その後直ぐににっこり笑うと、「冗談だろう。おっちゃん、こいつと2人して俺を担ぐ気なんだろう。」と、彼は余所行き言葉から普段の言葉遣いに戻って、『その手はくわなの焼きハマグリ』さ、と言うと、叔父、弟の2人に、さも愉快そうに笑って見せました。が、内心は酷く動揺していました。握った拳がぶるぶると震えるのが自分でもはっきり分かるのでした。


土筆(101)

2018-06-14 11:38:24 | 日記

 ご近所にある兄の家に着いた彼は、何時もの様に彼の声を聞いて、玄関へ迎えに出てきた2番目の甥っ子に声を掛けました。「よっ、出迎えありがとう。」彼は声を掛けると、そのまま甥っ子と2人で家の奥へと入って行きました。

「やあ、相変わらず闊達だなぁ、男の子はいいなぁ。」

今年のこの界隈の大将に決まったんだって、こいつは凄いや、叔父さんも鼻が高いよ。そんな事を言って彼は甥っ子を高い高いと抱き上げたりします。甥っ子の方も、叔父ちゃん、俺頑張ったんだ、といってはしゃぐと有頂天になり得意気です。2人は大層仲の良い叔父甥の間柄なのでした。

「叔父ちゃんの言った通りにしたら、本当に大将に成れたんだ。ありがとう、おっちゃん。」と言って、2人で満面笑みになると小躍りして喜ぶのでした。そこへ玄関にただいまの声がしてこの家の長男が帰って来ました。長男はもう中学生でした。真新しい学生服など着て、精悍できりりとしている姿は若竹の様に見えます。

「おお、お前も帰って来たのか、見違えたよ。学生服姿は凛々しいなぁ、大人っぽく見えるよ。」

彼は長男の甥の未だ新品で真新しい学生服姿を見ると、眩し気に目を細め羨まし気に褒め言葉をかけました。そして一頻長兄の甥を囃すのでした。

 「如何したの?叔父さん、今日は何だかおかしいよ。」

流石に中学生ともなると、彼は叔父の常とは違う雰囲気が分かるのでした。何時もは弟にばかり愛想をして僕はそっちのけなのに、今日は僕にまで愛想を振り撒くなんて、なんかあったの?

「さては、今日は…ちゃんと喧嘩でもしたのかい。」

叔父の心を見透かすように長男は言うと、にやりと笑って叔父の目を探る様に見詰めました。


土筆(100)

2018-06-14 11:22:26 | 日記

 彼は実家に帰っていた妻の出産の連絡が入るやいなや、遠方にある妻の実家迄馳せ参じて子供と対面したのでした。その時、彼は父から余所行きの最上級な背広とネクタイを借りると、きちんと念入りに身支度を整えていました。まだ目の明かない我が子にさえ父親としての確りした態度を見せ付けたかったのです。思えばこの頃からもう子煩悩だった彼は、勢い込んで転ぶように我が子の顔を見に駆けつけて行ったのでした。

 『物事当たり外れはあるけれど、いやぁ、外れたなあと、あの時、確かに正直思ったな。』

彼はその時感じた心の隅の落胆した気分を思い出し、胸に当時の失望感を甦らせていました。こればっかりは天の神様からの授かりもの、世の中には子の無い夫婦もいるくらいだからと、人からも自分からも自らに言い聞かせ、自分を納得さて過ごしたけれど…。今回、実母から娘について一言いわれると、彼は再びズシンと来る重い物が文鎮の様に胃の腑の上に置かれるのを感じたのでした。「家の子は娘だからなぁ。…」そんな物かもしれない。侘しい気分が彼を捉えるのでした。

 「俺も息子が欲しかったぞ!」

彼はすっくと立ち上がりました。息子!息子!と、彼は屋内に誰も居ないのをよい事に、今迄嫁に遠慮していて言えなかった言葉、言いたかった言葉を、家中の部屋を巡って手振り身振りを交え、パフォーマンスよろしく思いっ切り叫ぶのでした。言いたかったなこの言葉、「俺の息子!、息子、息子。」「これは私の息子です。」そう皆に子供を紹介する時に言いたかった。けれど、現実には、何時も彼の口から出るのは「これは私の娘です。」の言葉だったのでした。 

 「ああ、思いっ切り気が滅入った。」彼は帰宅した妻と子に、一寸兄さんの家に行って来ると言うとそのまま出かけて行きました。夕飯をご馳走になって来るから、お前達先に寝てていいぞ、そんな事まで妻子に言うと、彼は不機嫌そうに履物を爪先に引っ掛けると、直ぐに玄関先から発って行ってしまいました。