「お祖父ちゃんは?、出かけないの?。」
座敷に1人残った祖父に私が言葉を掛けると、
「私が、嫌だよ。」
と祖父は言った。母さんに任せておけばいいんだ。元々は母さんが見ていてああなったのだから。と彼は言った。
「それに、あんな所、私はごめんだからね。」
真面なこっち迄おかしくなってしまう。と言った。それから祖父は私の見ている前で部屋の隅に重ねてあった座布団をごく自然に1枚引いて来ると、それを部屋の中央辺りに無駄のない動きでそろりと敷いた。また彼はその上にさらりと流れよく胡坐を搔いて座った。そしてピンと背筋を伸ばして容姿端麗に座ると、彼は自室で寛ぐには仰々しい様な風情になった。
私は祖父が部屋の中央に座布団を敷いた時、その位置から、彼は庭を眺めて寛ぐのだと思っていた。庭に面した縁側の障子も、屋外が見える様に開いていた。しかし彼は庭を見るのでは無かった。彼は自身の左側面を縁側に向けると、庭方向から90度方向転換した廊下側の壁に向かって座ったのだ。
私は自分の予想が外れた事で気落ちした気分になった。それでも気を取り直すと、座敷に1人座す祖父を観察してみた。彼は来客用に設えられたこの家で一番上等な壁、緑青色に塗り上げられたその壁面と対峙する様にして、自身の面を上げると壁土を見詰めていた。祖父はその儘黙っていたが、柳眉の様に目を細めた顔は微笑んでいるように見えた。
それで私は、家の当主である彼が、息子と妻の二人が共に出かけて行った事で自身の持ち家に一人残り、我が世の春とのんびり気楽にしているのだと考えた。
『自分の家だ、祖父はたまの1人の時間が嬉しいんだな。』
私は思い、微笑んだ。それで安んじて、
「お祖父ちゃん、家で1人残って気楽なんだね。」
と声を掛けた。私は祖父の笑顔にてっきり彼のご機嫌が良いのだと思っていた。
私の声掛けに祖父の背は強張った。彼の顔は急に曇った。祖父は渋面になったのだ。そして私の方にその重苦しい顔を向けると、何が気楽なんだねと不機嫌な声で言葉を返して来た。