母が私の顔を見て、明るく笑いながら台所に続く廊下に消えてしまうと、私は祖父を案じて彼を見詰めた。
縁側に残った祖父は思ったより顔色も明るく微笑んでいた。
「あれで、あのねえさんも案外気楽だなぁ。」
彼はそんな事を呟くと、私の母同様気楽な感じで身も軽く座敷に戻って来た。彼は元の様に座布団の上に座ると、先程よりは物思いの風情が濃くなり前と同様壁を見詰めだした。明らかに考え事をしていると見て取れる祖父に、私は彼が何を考えて居るのだろうかと考えてみた。
『きっと父の事だ!。』私は思った。先程の祖母の言う通り、あの時、私の父が虎や馬の真似をしていたとしても、今から思うと私にはやはり妙な感じがした。子供の私が奇妙に感じるのだから、大人である祖父は尚更だろう、ましてやそんな病の病院が有るなど努々知らない私の事だ、祖母は皆の目から父の真実を隠す為に、家から父を連れ出すだけの目的で外出したのではないか?、そう私は考えた。もし私が思う通りなら、母が言っていたが、父の事は祖父も知っているという事だったしと、それで祖父は父の身を案じて考え込んでいるのだろう、そんな風に幼く推理してみたりしていた。
祖母に母が話した事柄から、母は祖父の事を良く知っているようだし、先程の縁側の様子でも、舅と嫁の関係の祖父と母は思ったより仲が良い様だ。何時もは祖母がいて、あの2人が2人だけで話す場面を見るのは初めての事だったが、本当の親子の様に親しく話しているようだ。私は今まで知らなかった、祖父と母の義理の親子関係の親密さについて、驚きの初見聞をした気分だった。
祖父はまたちらりと私の方を見た。私は祖父母の居所にしているこの座敷に立ち止まった儘、自分なりに今日の今迄の出来事を思い返して考え込んでいた。
「何時までそこにいるんだい。」
遂に祖父が私に声を掛けた。
私はハッと我に返った。何を考え込んでいるんだい、子供らしくもない。そんな事を祖父が私に言うので、私は彼が自分の息子である父の身を案じているのだろうと思い、彼の事を心配して見ていたのだと答えた。
「私が、四郎の事を?。」
祖父は言うと、眉間にしわを寄せて私を振り返った。
「私はあの子の事など心配していないよ。」
「私が心配しているのは母さんの事だ。あんな不肖の息子を持って。」
そんな事を祖父が言うので、私はこの母さんは、私の祖母のことか先程縁にいた私の母の事かと一瞬迷った。『不詳の息子を持つ…、』だから、祖母の事だなと考えて居ると、そんな私に祖父は迷惑そうに言った。
「もう出て行っておくれ、ここは私と母さんの部屋なんだからね。」
そして
「あの子の事は、あの子の嫁であるお前の母さんに全て任せる事にしたよ。」
さっき私達はそう話し合ったんだよ。と、彼はやや心此処に非ず、少々感慨深い感じを交えて静かに言った。