Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

土筆(170)

2018-08-27 09:46:26 | 日記

 その後、不満が晴れずに不機嫌なままの蛍さんの母と、母の不機嫌の理由が分からないで困っている蛍さんの母子2人を奥に残したまま、祖母は玄関まで1人、曙さん達親子を送って出てその母親に言いました。

「なぁに、心配ないよ。頬の傷といっても、蛍のあれは笑窪の様にも見えるから。笑窪なら、女の子の笑窪は美人の条件の1つだからね。」

「傷なら傷で、痕に残ってもそれはそれでいいじゃないか、傷じゃ無くて、笑窪にしておけばきっと大した事にはならないよ。それに、あの笑窪のおかげで、十人並みの器量の蛍でも、あれ1つが有る事で美人の仲間入りが出来たんだよ、めでたいじゃないか。そう思う事にしようよ。」

と慰めるのでした。

 「もし仮に、本当に抓った後に茜にもあんな痕が出来たなら、それも笑窪という事で、そうして置こうよ、それで万事丸く収まるというものだよ。」

「また、もし茜にあんな痕が残っても、笑窪が加わればあの子には尚更美人の条件が整ったというものだよ。蛍のは片方だが、もし本当に抓った痕が笑窪になるのなら、いっそ両方抓って両笑窪にしたらどうだい、あの子は今より大層な美人になるだろうよ。」

ははは。等、冗談めかして明るくにこやかに上手く言うと、ほろっと笑顔を漏らした母息子2人に手を振って、姑は穏やかな笑顔で2人を送り出すのでした。

 それでも、帰る2人の背は、心なしかやはり肩が落ちて沈んで見えるのでした。祖母が見ていると、時折曙さんは心配そうに母を見上げ、その顔を覗き込むのでした。


土筆(169)

2018-08-26 09:09:12 | 日記

 傷痕といっても彼女の長男の東雲さんの物は腕にでしたから、長袖などの袖で隠す事が出来る痕でした。が、蛍さんの場合は顔という目立つ場所、しかも女の子の顔の傷ですから、将来の縁談に差し障るのは必定でした。

  ここで、今までの被害者の親という優勢な立場から形勢は逆転し、曙さん達母子は加害者の親として非難の矢面に立たされてしまいました。母は一遍でシュンとすると色を失いました。事の発端、自分の傍らの息子の顔に怒りに燃える目を向けました。曙さんはこの母の自分を責める憎悪の眼差しにあい、己の旗色の悪さを知ると、黙りこくって身じろぎ一つせず身を硬くするのでした。曙さんの母は目の前の息子を見詰めると酷く暗くなり沈んだ表情になりました。事の重大さを考えれば考える程、これから後々の姪の将来が思い遣られます。母子は皆の前で畏まってしまい言葉も無いのでした。

 ここで孫達の祖母が助け舟を出しました。

「まぁ、あんたさん、一遍家へ帰って、その子に蛍にしたと同じくらいの力であなたの娘の茜の頬を1度抓らせてごらん。茜の頬に窪みが出来なかったら勿論この件とは関係無いし、もし茜の頬に蛍と同じ様にあんな窪みが出来たなら、それはやっぱり本当に曙の責任なんだよ。そうなったらそれで、それからこの事について如何するか考えようじゃないの。」それでも遅くないだろうと祖母は言うのでした。

「笑窪かもしれないだろう、笑窪、こんな風に頬に出来る笑窪という物が世の中には有るんだから。」

蛍にもそんな笑窪が出来たのかもしれないだろう。こう祖母は曙さん達の母に言うと、立ち上がるために中腰になり、沈んでいる彼女の耳元に口を寄せました。

「この人が何回も煩くてね、呼び出して申し訳ないね。」

祖母は彼女の耳元にぽそぽそ小声で囁きおわると、よっこいしょと立ち上がりました。これでその場はいったんお開きとなったのでした。


土筆(168)

2018-08-25 09:47:42 | 日記

 訴えられた姑にしてもごく近い身内同士の事、如何苦情を処理してよいか思案に困ったのですが、蛍さんの母の手前もあり、一応曙さんとその母を側へ呼び出し蛍さんの母の疑いを告げると、曙さんの母もそんな言いがかりをと渋い顔をしました。

 長男の事で未だ腹の虫が収まらない上に、あらぬ疑いを掛けられたと彼女の腸は煮えくり返る思いになりました。そこで曙さんの母は、「一寸…」と祖母に呼び付けられて、3人の前に蛍さんと彼女の母が姿を現すと、やって来た蛍さん親子2人の顔にぎーっと猜疑に燃える目を向けました。

 その後、蛍さんの何時もと変わりないふっくりした頬を見て、「ほら、何とも無いじゃないですか。」。ふんとばかりに曙さんの母が声に出して言うと、「蛍、笑って御覧。」と、蛍さんの母も負けてはならじとばかりに燃える目できっ!と言い放ちました。

 そこで蛍さんの母は思いっきり自分の娘を笑わせると、さも不機嫌そうに自分の笑っている娘の顔を義姉と甥の2人の目の前に差し出しました。曙さんの母がそのきゃっとばかりに笑った蛍さんの頬をよくよく見ると、どうもそれらしい問題の個所に確かに窪みがくっきりと出来ています。

『まずい!』

と、流石に彼女は顔を曇らせました。内心ひんやりとした震えが来ます。彼女は眉根に皺を寄せたまま暫くは言葉も無いのでした。その後は一旦視線を下に落とし、再び視線を上げると、義弟の娘の頬に出来た窪みを見詰めながら彼女は神妙な顔つきになるのでした。自分にも娘がいるので蛍さんの母の気持ちは痛いほどによく分かるのです。


土筆(167)

2018-08-24 08:44:41 | 日記

 東雲さんのアザは歯形という程にはっきりしたものではありませんでした。実は歯茎の痕と言った方がよく、薄く湾曲したアザの中心に細かい2個のぽつぽつした痕がかろうじて残っている物でした。そう、彼女の長兄の東雲さんの腕には、何かのリングの端の様な感じで蛍さんの噛み痕が残っていたのです。しかも、次兄の曙さんに揶揄われて抓られ、彼女がその痛さに大暴れして曙さんと取っ組み合いをした時、2人の間に留めに入った東雲さんに弾みで彼女が思いっ切り噛みついたものですから、東雲さんにはとんだとばっちり、全くの傍迷惑という物でした。『あの痕、消えないんじゃないかな。』茜さんはふと思いました。

 いくら親戚の年端も行かない子がした事とはいえ、彼女の母も当時は相当憤慨していました。大切な長男に傷をつけて、と、一時、蛍さん一家と茜さんの一家は絶縁状態になっていたのでした。

 しかし、いくら絶縁状態といっても彼女達の父方の祖父母は同じであり、蛍さん一家とその祖父母が同居していて、仕事上も祖父の跡を蛍さんの父の方が継ぐ状態になっていた事や、彼女達の住む家が元々祖父の物であり、家自体も2件並ぶ様にして建っていたものですから、然然両家はそっぽを向いてもいられ無くなったのでした。

 しかも実の兄弟の家同士の事、何時までも仲違いせずに仲良くするように、と祖父母からも一言あり、それで一応元の状態にまで両家は戻っていたのでした。

 また、事件当時曙さんに抓られた跡が蛍さんの頬にも未だに残っていました。こちらは片靨の様に見えるのであまり気付く人もいないのですが、自分の娘の事、蛍さんの母が追々気付き、彼女達の祖母に当たる姑に苦情を訴えました。

 曙さんに抓られた青アザが消えた後、蛍さんが笑うと片頬が引きつれる、今までこんな事は無かった、事件以来片頬に窪みが出来る様になったと言うのです。母はこの靨が以前は無かった事を姑に訴えると、あの事件以来娘の顔に傷が出来たのではないかと不審を述べたのでした。彼女は夫である蛍さんの父にも苦情を訴え、彼にしても自分の娘の顔にと、その笑顔になると出来るようになった窪みに酷く憤慨したのでした。