Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華3 96

2020-12-23 14:13:13 | 日記
 この従兄弟の力強い声に、私は来たといえば人の事だな、と考えると、ここへ何者が来たんだろうと思った。

    『この部屋へ誰が?。』、特に人の出入りした気配は無いようだが、と、私はそれは確かだと思った。だが、念のため自分の周囲をぐるりと見回してみる。やはりこの部屋、私達の回りには誰の姿も見えない。

    私は不思議そうに目を瞬くと、従兄弟に「来たの?。」と、確認した。すると従兄弟は確信した様にコクリと頷くと、「そうだろう。」と言うのだ。

    私は非常に驚き、ええっ?とばかりに従兄弟の顔を見た。従兄弟の顔は自信と確信に満ち溢れていた。私はそれならと半信半疑だったが、この部屋にやって来た筈の誰か、目に見えない何者かがいるのだと恐れ戦いた。

    私は思わず反射的に自分の片手を口元へと移した。防御する様な形で、私の口元へ添えた手は軽く拳を握り締めていたが、もう片方の手は無防備で、力無く私の体の線に沿って緩やかに下されていた。その片方の手は、実は全く私の意識の外にあった。

    私はその体制で、もう一度目だけで自分の周囲をぐるりと探ってみた。やはり人の姿はおろか、何かがやって来た気配さえ無い。実際、空を飛ぶ小さな羽虫さえも、私の目には全く映らなかったのだ。また、私には何らかの異様な物の気配という物は感じられなかった。

 さて、私は今この時以前、一寸前迄に、今日私の目の前にいるこの従兄弟の、私に向けて発した様々な言葉を考えていた。するとその言葉の端々に、私は奇妙な引っ掛かりを覚えるという状態に迄なっていた。

『何だか目の前にいるこの従兄弟は、私の知っている何時もの従兄弟とは違う。何だか変じゃないか?。』

首を捻ってこう思い始めると、私は今ここにいる従兄弟がやたらと奇妙な人物に見えて来る。すると、今まで抱いていた従兄弟への親近感が、嫌悪感という感情へと傾き始めた。

    私はやや目を怒らせると、その儘自分の目を細くして従兄弟をじっと睨んだ。そうして胸に湧いてきた従兄弟への嫌悪と、従兄弟の言動に対する猜疑、叱責の感情の念でねめねめとした視線を従兄弟に注いでしまう。

 すると何を思ったのか従兄弟は、悪びれる気配も無く瞬時に行動し始めた。すいっと私の側に寄って来ると立ち止まり、行きなり私に向かって腰を折りやや平身低頭の姿になった。そうしてその儘の姿勢で、従兄弟は両掌を合わせ合掌した。従兄弟は両目を閉じた。

    「お父さんとお母さんが仲の良い夫婦になります様に。」

口を開くと徐に従兄弟は私にこう言った。これは、何と従兄弟は、私に願掛けという物をしたのだった。「そうして次は、」と呟くと、

「兄さんとお母さんが仲の良い親子になります様に。」

「それから、」と、従兄弟はまた呟いた。

    ここで、私はハッ!と我に返った。未だ私の前で合掌する姿を留めている従兄弟に、何を言い出すのだと私は慌てた。「まあ、待って、」と、次の言葉を準備中の従兄弟に向かって私は急いで声を掛けた。

    「伯父さんと伯母さん、仲良いじゃないか!。」

確かに、私の目の前で、何時もこの従兄弟の両親である伯父夫婦は互いににこやかに笑い合っていた。また、彼等は何かしら笑顔の儘話し込んでいた。ははははは、ほほほほほと談笑する、そんな2人は極めて仲睦まじく私には見えた。そんな2人が仲が悪いなんて、断じて私には思えなかった。

    そこで私は従兄弟に自分の見解を主張した。すると、従兄弟は、「外と内は違うんだよ、あの2人。」とにべも無く私の言葉を否定した。まさか!?、私はぽかんと口を開けた。そんな私に従兄弟は言った。

「智ちゃん家こそ、仲良いじゃないか。」

と、これは今の私の反論に対して、従兄弟が逆襲してきた様に私には聞こえた。

    私の家の両親は、外では頗る仲が悪かった。実際、外出先で私の両親が、人目も憚らず言い合っているのを私自身が目にする事も多かった。少なくとも、普段の私の両親2人は、彼等の子である私の目にさえにこやかな夫婦では無かったのた。彼等は家の中でさえ、伯父夫婦の様に笑いさざめいてもいなかった。

 従兄弟の言葉に深々と考え込む私に、背を向けた従兄弟はその肩越しに私を見詰めて、ふっと笑いの吐息を洩らした。然もありなん、そんな風情で私を見て、従兄弟は言った。

「他人には、外から見ている人間には、内の事は分からないんだよ。人には表の顔と裏の顔が有るんだ。」

と嘯いた。

 この時私は、従兄弟の言うことも一理あるなと感じた。何だか思わず納得してしまったのた。そして、直ぐにそんな自分が嫌にもなつた。

「人に裏表の顔が有るなんて…、嫌なものだね。」

私がこう従兄弟に言い同意を求めると、従兄弟は驚いて振り返った。

    再び私と相対した従兄弟は、「何故?、変じゃないけど。」と、私の言葉を否定した。そして私が何故そう考えるのかを尋ねてきた。 そこで私は日頃の私の父からの教えを従兄弟に披露した。

    人間正直に、正しい考えや行動をするべきだと伝えた。すると従兄弟は、叔父である私の父が言うことだからと、「それはそれで正しいのだろうけれど…。」と、思惑有り気に答えた。

    思案していた従兄弟は、

「付け加えれば、表の顔と裏の顔を使い分けて、人間利口に生きなければならない。」

そうなんだよと私を諭すと、従兄弟ははにかみ、謙遜した控えめなしたり顔をして瞳を煌めかせた。そんな従兄弟の顔はというと、如何にもこの世、この真昼の人の居所にどっしりと落ち着き、生命有るものとしての堂々たる存在感に溢れ、生き生きとして見えた。

    不思議だ。私はこの従兄弟の言葉に確実に同意出来ないのに、この従兄弟に、目の前の生ある人として語られた道理に、この世に根を下ろした従兄弟の存在感を明確にどっしりと感じるのだ。

今日の思い出を振り返ってみる

2020-12-19 10:23:32 | 日記

うの華 123

 さて、祖母が帰って来て、父はと言うと、もう少し用があるという事で、彼女は1人祖父の待つ座敷へと入って行った。「如何だって?。」祖父の言う声が聞こえる。「如何とも、しば......

    寒い週末となりました。雪予報です。⛄️
    天候が落ち着く迄、外出は控えます。

うの華3 95

2020-12-17 17:16:54 | 日記
 お前知らないの?知っていると思うがな。寄席に一緒に行っただろう。あの時していた落語だよ。長者と言う所を、何じゃになられたと言われて、その後、ほれ、風邪とか、番茶とか、大蛇とか、何とかになられた、とか言ってただろう。あれだよ。あの話だよ。

 こう祖父は息子である私の父に説明した。その後の座敷では父の返答まで暫く間があった。その間私は、自分の注意を私の目の前にいた従兄弟に向けた。従兄弟はあれぇと言う様に、祖父の知識の豊富さに驚いていた。文字通り舌を巻いていたのだ。この従兄弟の顔は私には初めての対面だった。不思議な顔に私には思えた。

 私がしげしげとその顔を見つめていると、従兄弟はそれに気付き、その口の端からのぞかせていた舌を引っ込めた。そうして私の顔を伺うと、今何を考えているのかと尋ねて来た。

「不思議な顔だと思って。」

そう言うと、そっちこそ何を考えていたのかと、私は従兄弟に問い返した。面白い舌をして、と、こうも付け加えた。従兄弟は逡巡して考え込んでいた。

 ま、いいか。私の従兄弟は決断した様子でこう呟くと、私の目をじっと見据えた。

「智ちゃん、もう仏さんなんだし、何を聞いても、自分が何を言っても、この先この世での自分には何の影響も出無いだろう。」

こう分別臭く従兄弟は言うと、実は自分は父方の親戚が好きじゃ無い、中でも祖父はそうだと言う。年寄りだし辛気臭いだろう。でも父の親戚だが私の父である叔父さんは別だ。大学出の学歴も有り、見てくれの見栄えも良い。叔父さんは学歴が有るだけに言葉の知識が豊富だ。付き合ってもこっちに損は無い。それに一緒にいると姉さん達やご近所のおばさん達の受けがいい、こちらにもお相伴が回って来る。何方かと言うと付き合った方が得だ。祖母も年寄りだが、その点は同じくおじさん達からお相伴が来る。彼女お金もあるしね、これは分かるんだ。1年の内の小遣いも数多い。その内の1回の金額も多いからね。そう言うと、その並べられた言葉にポカンとしている私の顔を見て口を閉じた。

 私は今従兄弟の口から出たそれ等の言葉を容易に理解出来無かった。そこで従兄弟の顔を見詰めていた自分の視線を一旦落として、今のそれ等の言葉を自分の頭の中で整理してみた。が、さっぱり要領を得なかった。私はぷつぷつと自分の口の中で気になり理解出来無い従兄弟の言葉を呟くと繰り返してみる。

 すると急に従兄弟の顔付きが変わった。従兄弟は私に前述の告白をしながら段々とその顔や体の向きを変え、この時迄に私に対して斜に構え始めていたのだが、さっとばかりにまた元の様に真っ直ぐにその体を私に対した。その顔を真っ向から私に向けると、従兄弟はさも食い入る様に私の顔を覗きこんだ。私がそんな従兄弟の顔を何だろうと観察してみると、その目は如何にも嬉しそうで、円な瞳には輝きが宿っていた。勢い込んだ従兄弟は口を開いた。

 「今の念仏だろう⁉︎。」

智ちゃん、もう智ちゃんじゃ無いんだっけ。来たね、遂に来たんだ。この時を待っていたんだ。従兄弟の期待を込めた歓声が上がった。

うの華3 94

2020-12-16 17:56:16 | 日記
 「どっちでもいいよ。」

私は従兄弟の言いたい方でいいよと、何方でも好きな方で言って良いと答えた。それから早く言って欲しいと付け足した。

 すると従兄弟は、驚いた様に座敷に向けていた視線を私に戻した。その様子を見ていると、従兄弟の方は一瞬私の言った言葉が何の事か分からなかった様子だった、ぽかんとしている。が、私がおやおやと、私の返事は従兄弟が私にさっき言っていた事への返事だと説明すると、従兄弟はああと合点した。そうして、本当に自分の好きな方で良いのかと私に確認して来た。私は勿論いいよと答えた。

 じゃあと、従兄弟の方はふふっと含み笑いをしたが、直ぐに意気揚々、面白そうに瞳を輝かせてこう言った。

「智ちゃん今、大蛇の後になる物…、」

ここで従兄弟の次の言葉迄には少々間があった。

「…になってる?。」

私は、『はあて?』である。私には何の事か益々分からない。要領を得ないまま謎は深まっていくばかりだ。何しろ「だいじゃ」の言葉自体が私には謎だ。思わず、従兄弟にだいじゃって何かと尋ねてみる。すると今度は従兄弟の方が目を丸くして驚いた。智ちゃん知らないんだと意外そうな顔をして、さも当てが外れたという有様、その様な声で答えて来た。

「あれれ、温泉で一緒に見なかったかなぁ、聞かなかった?。」

と言うと、あの時智ちゃんいなかったっけ、と、私に言うのだ。さあてと、私は知らない、何の事か分からないと私は素直に答えた。ここまで来たら、知ったか振りしても仕様が無いと思えたのだ。私は従兄弟より歳下だし、知識も経験も従兄弟には及ばないのだから。

 それじゃあ、この話は知らないんだ。と、がっかりした雰囲気で従兄弟は言った。これ以上は私と話してもこの話題では盛り上がらないと気落ちした様子だ。では、従兄弟は次には私にも分かる簡単な話に移るのだろうか?、私は期待した。私は常日頃、何時もこの従兄弟に何かしらの新しい遊びや物事を教わる事が多かったからだ。従兄弟はぽつねんと立ち竦んで自分からの言葉を待っているいる私を、しげしげ、ジロジロと眺めていたが、その後も口を閉じた儘で、その内その視線と注意を祖父と私の父が話す座敷へと向けた。

 私はそんな従兄弟の様子に、こちらから何かしら話し掛けた方が良さそうだと感じた。そこでぱらぱらと、直前に話していた私達2人の間の言葉を思い出してみた。そうして私は自分の知らない言葉を聞こうと決めた。

「だいじゃってなぁに?。」

すると従兄弟は、ええ、ううんと、自分の意識を座敷から私に向けたく無い素振りで、しいと、少し黙っていてくれると言う。叔父さんの声が聞こえないだろう。と言われて、私は先程の自分の事を思い出した。聞き耳を立てる事は何処も同じだと苦笑した。

 「だいじゃとは、何の話だろう。」

私の父の声がした。智だろう、あれは。そう父は言うと、「やっぱりだ、やっぱりあなたの言う事は信用出来無い。」と、祖父に対して他人行儀な言い方をした。智はあれは元気じゃ無いか。あなたと言う人は、全く人騒がせな人だ。何を言ってくれるのだ。と、けしからんな、と、祖父に対して父は息巻いていく。

 そんな息子の無礼な態度にも、祖父の方は怒った様子も無いようだ。そうかねと静かに答えている。そうして、だいじゃは大蛇だろうと、その手帳と鉛筆を私に貸しなさい。と父に言っている。父は自分の手帳だからと、大事に取り扱ってくれ、と祖父に数回念を押すと、どうやら父の手等と鉛筆は祖父の手に渡ったようだった。

 これだろう、祖父の声がする。ええっと驚く私の父の声。まさか、と父が、またいい加減な事をと祖父に言うと、祖父は否これで合っている筈だと言う。父が不満そうに、何故あの子がこんな言葉を今使うんだ、変だろう、と尋ねると、祖父は今だからだよと、平然としている様子がこちらに伝わって来た。

 「『春の花婿』の話だよ。」

祖父の言葉に、「はるのはなむこ?」、父の怪訝そうな声がした。私の父はそんな話と言うと、「尚の事、今この状態にそぐわない話なんじゃないか、めでたそうな言葉だ、そんな話じゃ無いのか。」と言う。

 はるは春だろ、季節の春、いい季節だ。はなむこは花婿、婿に花も付いていれば尚の事めでたい時の事だろう。その話だろ、めでたい話の筈だ。

「今めでたい時か、内は。」

と、この頃は父も祖父に合わせて落ち着いた声になっていたが、彼の内心は決して穏やかではなさそうだった。

 祖父は微笑んだらしい。何が可笑しいんだと父の不満気な声がした。「いい加減にしろよ、あの子が来てるから遠慮してるが、帰ったら父さんに話があるからな。」と、これは私の父の声だった。