舅の心強い同意を得た彼女は、自分の考えが認められた事に得意満面、その顔は晴れ晴れとして笑顔を浮かべた。だが、その笑顔を見た舅の方は、反対に肩を落とすとしゅんとして元気の失せた顔色となった。
「姉さん、それでも、あれはあれなりに惣領息子なんだよ。」
向こうの姉さん、向こうの家からするとね。舅で有る彼が言い難そうに細々とこう口にすると、長男の嫁で有る彼女はあから様に不満の色をその顔に浮かべた。
「お義父様も、今良いと仰ったばかりじゃないですの。」
やや強い口調で、さも丁寧に彼女は舅に切り出した。
「私はもうこれ以上あの子のしたり顔に付き合う気になれませんのです。」
如何にも自分が一家の長、家族の纏め役とばかりに何時もしゃしゃり出て来て、あの歳で采配するという大きな態度なんですのよ。子供達に所か私に迄ですの。腹の立つ子ですわ。「本当に!、です!。」と、彼女は話を纏めると言葉を切った。
彼女の憤りの言葉を聞きながら、項垂れた舅は困った様な顔付きに変わっていたが、嫁の言葉が終わると数回頷いた。そうして彼は決意した様に顔を上げると彼女に向かって言った。
「実はね、向こうのお父さんから、つい先だって亡くなられただろう、あの人からだよ、頼まれているんだよ、私の方はね。」
そう言うと、彼の三男の三郎の嫁、その嫁の実家の父から、彼の娘である嫁母子の事、特に彼女の長男の事を、自分にとっては初孫だからと、その行く末について特に念入りに故人から頼み込まれた事を話した。
「そう言う訳だから、もう故人になった人からの頼み事を、無下にも出来なくてねぇ、私の方ではだよ。」
彼が意思を持ってそう言うと、嫁は又してもあからさまに驚きの表情をその顔に浮かべた。
「まさか、お義父さん、約束されておられるんですか?。」
嫁の言葉に舅は頬を染めた。約束というか、そう言ったきちんとし言葉で取り決めした訳の物じゃないよ。恥ずかしそう語調と顔色になった舅に、嫁はやや怯んだ。舅の義理堅い性格を彼女も知っていたからだった。
頼み事、特に家族や身内間の人間関係について、日頃から彼が人一倍気に掛け心を砕いている事を、嫁である彼女はよく知っていた。過去には自分も家族の事で彼に相談し、また何度か彼の内輪の相談事にも乗った事がある彼女だった。ここで彼の心痛を、自分がきっぱり拒絶したならば、舅はまたひどく困惑して、益々心を痛める事になるのだ。彼女は自分の思いを通したくても通せないという、舅の気持ちと自分の気持ちの板挟みになると、ここで苦しい表情を浮かべた。彼女はお義父さんと力無く言葉を発すると、続ける二の句が告げずに首をうな垂れた。