五月雨の降りのこしてや光堂
一昨日紹介済みの中尊寺での句です。井本さんの本からの紹介でした
が、今日は長谷川さんの本にもどっての話です。
その前に、kaeruの話を。 一昨年中尊寺に足を運んだ時、時間の関係
と見学者の多さに中へ入ることを諦めてしまい、ここは「見残しの光堂」に
なってしまいました。やはりもう一度訪ねていくべきところです。
今では「もう一度」などと簡単に言ったり書いたりしていますが、芭蕉の時
代はまさに命掛けの旅でしょうから、歌枕を訪ねるにしても寺も知人宅も、
句を詠むことも一期一会の思い深く向きあっていたに違いありません。その
思いの深さに至ることはかなわぬことですが、その思いのあることを心にお
きつつ読まねばと思います。
長谷川さんの本の魅力は、その気持ちが感じられるからです。 特にそう
書かれているわけではありませんが、「3・11」を通じて歌集と句集を世に
出し、今回の「おくのおそ道」をはじめるに当ってもこう書かれています。
≪ニ〇一一年春、東日本大震災が起こり、東北地方の太平洋岸一帯を大
地震と大津波が襲いました。時をさかのぼると、今から三百年前の夏、この
被災地に沿って芭蕉は曽良と二人、旅をしました。 それが 『おくのほそ道』
です。≫
≪『おくのほそ道』 をただの旅行記としてでなく、芭蕉の人生の中にすえ
て読むことによって、悲しみや苦しみに満ちたこの世界をどう生きていった
らいいのかと問いつづける芭蕉の姿が浮かびあがってくるのです。 それ
は大震災後を生きる人々への大きな示唆となるにちがいありません。≫
ここには、俳人としての長谷川櫂さんが「3・11」をうけて、芭蕉の命掛け
の旅を追体験し、芭蕉の会得したものを自らのものにすると同時にそのこ
とが「大震災後を生きる人々への示唆」であるとしています。
人は多くの人々の死と遭遇した時、人と人との出会い、偶然にせよその
遭遇そのものの意味に思い至り「一期一会」の思いを深めます。芭蕉が
この旅をつうじて会得したものを長谷川さんは次のふたつにまとめて、こ
う述べられています。
≪芭蕉は不易流行(ふえきりゆうこう)と「かるみ」という二つの重要な考え方
をつかむことになります。不易流行とは宇宙はたえず変化(流行)しなが
らも不変(不易)であるという壮大な宇宙観です。また、「かるみ」とはさまざ
まな嘆きに満ちた人生を微笑をもって乗り越えてゆくというたくましい生き方
です。≫
私もまた、この二つを「3・11」以後を生きる者への示唆として理解していき
たいと思います。