ボランティアへの「感謝ピンバッジ」
<碓井広義の放送時評>
深夜はドラマの実験場
鍵は虚実皮膜にあり
今期、テレビ東京-TVHの深夜ドラマが元気だ。
金曜深夜のヒットシリーズ「孤独のグルメ Season9」は、主人公の井之頭五郎(松重豊)が商談に訪れた町の食べ物屋で食事をするというシンプルな内容を変えていない。それでいて、「ひとり飯のプロ」としての振る舞いや言葉には説得力が増している。
これに続くのが、一昨年に放送されてサウナブームの火付け役となったドラマの続編「サ道2021」。サウナ愛好家のプロ、“プロサウナー”を自任するナカタ(原田泰造)が各地の極上サウナを楽しみ、サウナ仲間(三宅弘城、磯村勇斗)に報告する基本スタイルに変更はない。
共通するのは、「架空」の人物が「実在」の場所へ行き、その「体験と実感」をドラマ仕立てで伝える構造だ。登場するグルメもサウナも、視聴者が実際に行くことが可能な「ドキュメンタリードラマ」である。フィクションとノンフィクションの境目を行くドラマ作りは、以下の新作でも発展的に踏襲されている。
木曜深夜の飯豊まりえ主演「ひねくれ女のボッチ飯」は、いわば「孤独のグルメ」の20代女子版。
ただし、井之頭五郎は自分が見つけた店にふらりと入るが、こちらの主人公・川本つぐみは違う。SNSにアップされた食レポを頼りに、実在の店に出かけて行き、町中華のカツカレーや大衆食堂のしょうが焼き定食などを堪能する。どんな料理もごく自然に、実においしそうに食べる、飯豊の「食べ芸」が見どころだ。
「ボッチ飯」の前は、元乃木坂46の伊藤万理華が主演する「お耳に合いましたら。」。ヒロインの高村美園がポッドキャスト番組のパーソナリティーとなる。ポッドキャストはインターネットの音声配信。ネット上のラジオみたいなもので、個人が自由に発信することが可能だ。
美園が自分の番組で語るのは大好きなチェーン店のグルメ、略して“チェンメシ”。自室に置いたマイクの前で、テークアウトした「富士そば」のコロッケそばや、「餃子の王将」のギョーザを食べながら実況を行う。
好きなものを、好きなだけ、好きなように語り、それを誰かが聴いていてくれる幸せ。若者の間で人気が高まっている「音声コンテンツ」の魅力を、「映像コンテンツ」のドラマで描くという挑戦が面白い。
深夜は新機軸のドラマを開発する実験場である。
(北海道新聞「碓井広義の放送時評」2021.08.07)
<碓井広義の放送時評>
深夜はドラマの実験場
鍵は虚実皮膜にあり
今期、テレビ東京-TVHの深夜ドラマが元気だ。
金曜深夜のヒットシリーズ「孤独のグルメ Season9」は、主人公の井之頭五郎(松重豊)が商談に訪れた町の食べ物屋で食事をするというシンプルな内容を変えていない。それでいて、「ひとり飯のプロ」としての振る舞いや言葉には説得力が増している。
これに続くのが、一昨年に放送されてサウナブームの火付け役となったドラマの続編「サ道2021」。サウナ愛好家のプロ、“プロサウナー”を自任するナカタ(原田泰造)が各地の極上サウナを楽しみ、サウナ仲間(三宅弘城、磯村勇斗)に報告する基本スタイルに変更はない。
共通するのは、「架空」の人物が「実在」の場所へ行き、その「体験と実感」をドラマ仕立てで伝える構造だ。登場するグルメもサウナも、視聴者が実際に行くことが可能な「ドキュメンタリードラマ」である。フィクションとノンフィクションの境目を行くドラマ作りは、以下の新作でも発展的に踏襲されている。
木曜深夜の飯豊まりえ主演「ひねくれ女のボッチ飯」は、いわば「孤独のグルメ」の20代女子版。
ただし、井之頭五郎は自分が見つけた店にふらりと入るが、こちらの主人公・川本つぐみは違う。SNSにアップされた食レポを頼りに、実在の店に出かけて行き、町中華のカツカレーや大衆食堂のしょうが焼き定食などを堪能する。どんな料理もごく自然に、実においしそうに食べる、飯豊の「食べ芸」が見どころだ。
「ボッチ飯」の前は、元乃木坂46の伊藤万理華が主演する「お耳に合いましたら。」。ヒロインの高村美園がポッドキャスト番組のパーソナリティーとなる。ポッドキャストはインターネットの音声配信。ネット上のラジオみたいなもので、個人が自由に発信することが可能だ。
美園が自分の番組で語るのは大好きなチェーン店のグルメ、略して“チェンメシ”。自室に置いたマイクの前で、テークアウトした「富士そば」のコロッケそばや、「餃子の王将」のギョーザを食べながら実況を行う。
好きなものを、好きなだけ、好きなように語り、それを誰かが聴いていてくれる幸せ。若者の間で人気が高まっている「音声コンテンツ」の魅力を、「映像コンテンツ」のドラマで描くという挑戦が面白い。
深夜は新機軸のドラマを開発する実験場である。
(北海道新聞「碓井広義の放送時評」2021.08.07)
デジタルの時代でも生き延びる「演劇」
鴻上尚史
『演劇入門~生きることは演じること』
集英社新書 968円
舞台に立つ俳優でもなく、演劇の熱心な観客でもない。そんな人も一読の価値ありだ。劇作家・鴻上尚史の新著『演劇入門 生きることは演じること』である。
著者は言う。人間は演じる存在であり、誰もが「見る人=観客」を想像して振る舞っていると。役柄は「親」だったり、「上司」だったり、「近所の住民」だったりする。
私たちの人生は演劇そのものである。それが、アナログの典型のような演劇がデジタル時代も生き延びている理由だ。
そして演劇の知恵や演劇的手法は、演劇人でなくとも実人生に応用することができる。たとえば俳優が目指している、「予想を裏切り、期待に応える」演技は、私たちが実生活で行うスピーチや表現の基本だ。
また「演劇の創り方」という章では、人の気持ちを動かす秘訣が明かされる。俳優の仕事は傷つくことだ。一番隠したい恥ずかしい部分を見せることで、人の気持ちが動くと言う。
さらに演技は「セリフの決まったアドリブ」であり、プレゼンなど人前で話す際も、内容を考えると同時に観客の反応を感じ取れば、彼らの気持ちを揺り動かせる。
スマホやSNSによって希薄になった、生身の人間関係。「つながり孤独」という言葉が象徴するように、私たちには、どこかで生身の人間を感じたいという欲求がある。
たとえ「不要不急」と言われようと、劇場で見る演劇は、今後も身近に現実の人間の存在を感じる、貴重な機会であるはずだ。
(週刊新潮 2021年8月5日号)