碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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8月ジャーナリズム  新たな視点で真実に迫る意義

2021年08月30日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

8月ジャーナリズム 

新たな視点で真実に迫る意義

 

新聞やテレビなどのメディアに関して、「8月ジャーナリズム」という言葉がある。毎年8月になると、「原爆の日」や「終戦記念日」に合わせるように、戦争や平和についての報道が目立つことを指す。その「集中ぶり」、もしくは他の時期の「寡黙ぶり」を揶揄(やゆ)するニュアンスもそこにある。

しかし、近年の民放テレビに関して言えば、8月に放送される戦争・終戦関連番組の数は減少傾向だ。確かに、新たなテーマを見つけ、手間をかけて制作しても、大きく視聴率を稼げるわけではない。特に今年は東京五輪を言い訳にして、このジャンルはNHKに任せてしまおうと思ったとすれば、民放は「8月ジャーナリズム」自体を放棄したことになる。

一方、NHKは8月前半だけで十数本の特集を組んでいる。「長崎原爆の日」である9日に放送されたのが、NHKスペシャル「原爆初動調査 隠された真実」だ。敗戦直後の広島と長崎で行われたアメリカ軍による「原爆の効果と被害」の現地調査。その際、「残留放射線」を計測した科学者たちは、「人体への影響」の可能性を指摘していた。ところが日米両政府は、この残留放射線を「なかったこと」として、認めようとしなかったのだ。

番組は、残留放射線による被害の実態と、国家の思惑によって真実が隠蔽(いんぺい)されていったプロセスを明らかにしていく。実例の一つが長崎の爆心地からは距離のある、山あいの「西山地区」だ。直接の被害は受けなかったが、地区全体に大量の灰や黒い雨が降った。

実は、初動調査チームは住民の血液検査を行って、白血病を発症する可能性が高いことを認識していた。だが、「観察するのに理想的な集団」と判断して、不都合な真実を隠蔽する。いわば動物実験のような扱いのまま、住民たちの原因不明の死が続いた。もしも当時の日米両政府が初動調査の結果を明らかにして、被爆した人たちへの適切な医療や補償を行っていたらと思わずにいられない。

今年7月末、広島で「黒い雨」を浴びた被爆地域外の人たちを被爆者として認め、被爆者健康手帳の交付を命じた広島高裁の判決が確定した。では、長崎についてはどうなのか。今もなお、原爆をめぐる問題は現在進行形だ。

(毎日新聞「週刊テレビ評」2021.08.14)