夫婦別姓に貴重な視点
尾脇秀和著
『氏名の誕生
――江戸時代の名前はなぜ消えたのか』
ちくま新書・1034円
最近、ニュースなどで「夫婦別姓」という言葉を見聞きすることが多い。現在の法律では、結婚すれば夫婦どちらかの苗字(みょうじ)(姓)に統一することになっている。しかし実際に改姓するのは96%が女性だ。事実上、女性は選択権を奪われている。
一方、「夫婦別姓」は結婚後もそれぞれの苗字を使うことを指す。国会でもようやく議論が活発化してきた「選択的夫婦別姓制度」が導入されれば、女性が抱える違和感や抵抗感も緩和される可能性がある。
思えば、当たり前のように使っている「氏名」はいつ、どのようにして生まれたのか。その問いに答えてくれるのが本書だ。
日本近世史が専門の著者によれば、江戸時代の庶民は、現代人のように「苗字(姓)+通称(名)」を絶対不可欠の人名の形と見てはいなかった。名前は「通称」だけで十分であり、「苗字」は戒名の院号のような修飾的要素だったという。
しかも庶民にとっての「苗字」は、自分から他者に示すものでもなかった。公的に登録されてはいないが、地域や所属する集団では周知されており、名乗るのではなく、呼ばれるものだった。つまり江戸時代の「苗字」は、現代の「氏名」の「氏」のあり方とは、全く異なる「常識」のもとで存在していたわけだ。
それを変えたのが明治維新であり、明治政府である。近代的な中央集権国家を形成するために、日本中の人々を「国家」の構成員である「国民」にする必要があった。
「氏名」は国民を一元的に管理・把握する最高の道具だ。特に1873(明治6)年に施行された「徴兵令」を厳格に実行するには必須だったのだ。
約150年前に国家によって創出された「氏名」の形。「夫婦同姓」は管理する側にとって便利かもしれないが、個人の歴史やアイデンティティーにつながる苗字を使い続ける自由があってもいい。本書は今後の「夫婦別姓」議論に貴重な視点を提供してくれるはずだ。
(共同通信)