「筑紫哲也」から続く、
もの言うキャスターのDNA
金平茂紀
『筑紫哲也「NEWS23」とその時代』
講談社 2200円
1989年、TBSで始まったのが『筑紫哲也NEWS23』だ。個人名の冠がついた定時ニュースの番組は日本初だった。筑紫は後にがんの治療に専念するまで、実に18年半もメインキャスターを務めた。
報道番組のディレクターやプロデューサー、さらにモスクワ支局長も歴任した著者が、この番組の編集長となったのは94年。8年にわたって筑紫と並走してきた。当時の関係者への新たな取材も加えて書かれた本書には、「秘話」とも言うべき生々しいエピソードが満載だ。
中でも96年の「TBS・オウム・ビデオ事件」は、番組と筑紫にとって最大の危機だったと著者は言う。坂本弁護士一家殺害事件をめぐって、TBSが放映前のインタビューVTRをオウム真理教幹部に見せていた事実が発覚したのだ。
「TBSは今夜、今日、私は、死んだに等しいと思います」と語った筑紫。著者は局内の混乱や人心荒廃の実態も明かしながら、筑紫の心情に迫っていく。
就任の際、筑紫がこだわったのが「編集権」だった。どんな出来事をニュースとして選び、それをどのように伝えるか。その決定権を持つことで、自身と番組の責任を明確にしようとしたのだ。
企業としてのTBSにとって不利な事実であっても徹底的に追及する。その姿勢は、2005年に楽天がTBSの株式を大量取得した、敵対的企業買収事件の「自社報道」でも発揮された。
筑紫が亡くなったのは08年秋だ。著者はその2年後から始めた『報道特集』のメインキャスターを現在も続けている。「シリーズ秘密保護法案」など、時の政権と対峙するテーマにも挑んできた。
権力を監視する役割を担おうとする意志。何より金平茂紀という、最近では珍しくなった「もの言うキャスター」の存在が大きい。そこに、かつて『筑紫哲也NEWS23』が見せてくれた報道の矜持と、「筑紫哲也のDNA」を感じる人は少なくないはずだ。
(週刊新潮 2021年12月23日号)