混迷の時代にこそ兼好の知見を
適菜 収
『100冊の自己啓発書より「徒然草」を読め!』
祥伝社新書 946円
思えば、高校時代の「古文」の授業や参考書が曲者だった。吉田兼好『徒然草』は遁世者による無常観の文学である、とか言われて分かったような気になる。そして受験が済んだら即、忘れてしまうのだ。
著者によれば、兼好は「世をはかなんだ老人」ではないし、「わびさびをおだやかに語った」わけでもない。それどころか、今こそ読むべき思想書として浮上してくる。兼好が生きた時代や社会が、先を見通せない混迷の深さでは、現代とあまり違わないからだろう。
たとえば、その死生観は多くの示唆に富んでいる。「我等が生死(しょうじ)の到来、ただ今にもやあらん」(第四一段)であり、「命は人を待つものかは」(第五九段)なのだ。「人皆生を楽しまざるは、死を恐れざるゆゑなり」(第九三段)と自覚し、やるべきことは今やらなくてはならない。
また兼好の知見は、現在の保守思想の核心に到達していると著者は言う。「改めて益(やく)なきことは、改めぬをよしとするなり」(第一二七段)。確かにこの30年間、改めて益なきことばかりを改めてきた結果が、この国の現在かもしれない。
さらに、その美意識と価値判断は日常生活にも及んでいる。「まぎるる方なく、ただひとりあるのみこそよけれ」(第七五段)。誰にも心を乱されず、一人でいることこそよいと兼好。在宅ワークの合間をぬって、本書を傍らに置きつつ『徒然草』を読み直してみたい。
(週刊新潮 2021.12.09号)