【新刊書評2022】
週刊新潮に寄稿した
2022年5月後期の書評から
長谷川晶一『中野ブロードウエイ物語』
亜紀書房 1870円
中野ブロードウエイは、ショッピングセンターと集合住宅を併設する複合ビルだ。マンガ専門店「まんだらけ」をはじめ、アニメ関連の店舗も軒を連ねることから「オタクの聖地」「魔窟」と呼ばれてきた。老朽化にも負けない個性的な店主たち。沢田研二や青島幸男も愛した居住空間。住人でもあるノンフィクションライターの著者が、この異空間の半世紀以上にわたる歴史と現在を活写していく。(2022.05.02発行)
田村景子:編著『文豪東京文学案内』
笠間書院 1980円
「文豪」と呼ばれる作家たちも、日常においては一人の「生活者」だった。自ら住み暮らした地元「東京」を、彼らはどう捉えていたのか。日本橋の花柳界に江戸の残り香を求めた泉鏡花。東京中の急坂を自転車で駆け抜けた、“小説の神様”志賀直哉。近代化の進む東京を嫌った谷崎潤一郎は、やがて関西へと移住した。本書の読み所は、文豪たちが東京を通じて近代といかに向き合ったかにある。(2022.04.30発行)
亀井克之、杉原賢彦『フランス映画に学ぶリスクマネジメント』
ミネルヴァ書房 2530円
映画を使って「リスクマネジメント論」の講義をしている関西大教授の亀井。映画は「危機=クライシスなくして物語は始まらない」と言う映画評論家の杉原。2人が選んだ素材は「現実の人生を等身大で描く」フランス映画だ。『冒険者たち』ではリスクをとって夢に挑む道を探り、『死刑台のエレベーター』からジレンマにおける決断の仕方を学ぶ。他に『男と女』などが並ぶ名画案内でもある。(2022.04.20発行)
香山リカ『デジタル依存症の罠~ネット社会にどう対応するか』
さくら舎 1650円
精神科医の著者は、「依存症」の特性を挙げている。強迫的な欲求、コントロール障害、他の興味を無視するなどだ。現在、ネットやSNSから離れられない人は多く、しかも自覚がない。「デジタル依存症」に陥って、現実の価値観さえ変わってしまう場合もある。まずは自分の「現在地」を知ること。著者が提示する、ローリスクからハイリスクまで段階別の「処方箋」が回復へと導くはずだ。(2022.05.11発行)
斉加尚代『誰が記者を殺すのか~大阪発ドキュメンタリーの現場から』
集英社新書 1034円
著者は毎日放送のドキュメンタリー・ディレクター。これまで難しいテーマに果敢に挑んできた。沖縄の基地反対運動や地元ジャーナリズム、教科書に象徴される国家と教育の関係、さらにネット上でのバッシングの深層などだ。本書では、これらの作品の制作過程を明かしながら、民主主義の溶解と報道の危機に対して警鐘を鳴らす。巻末の『バッシング~その発信源の背後に何が』の台本も貴重だ。(2022.04.20発行)
林 洋海『印象派とタイヤ王~石橋正二郎のブリヂストン美術館』
現代書館 2200円
2020年に開館したアーティゾン美術館の前身がブリヂストン美術館だ。創業者、石橋正二郎が所蔵したモネやルノワールの作品が並んでいる。本書を読むと、印象派の絵画に魅了された石橋の蒐集活動が主に敗戦直後だったことに驚く。しかも旧家からの買取りでは相手の言い値か、それ以上を支払ったという。青木繁や藤島武二など巨匠たちとの交流が、稀代のタイヤ王に与えた影響も興味深い。(2022.04.20発行)
宮沢和史『沖縄のことを聞かせてください』
双葉社 2420円
シンガー・ソングライターの著者が作詞・作曲した「島唄」は、誕生から30年が過ぎた今も多くの人に歌い継がれている。ただし、沖縄は自らの故郷ではない。それなのになぜ、沖縄と関わり続けてきたのか。沖縄に何を見て、何を感じ、何を考えてきたのか。本書にはその答えが詰まっている。真摯な論考はもちろん、具志堅用高を始めとする多くの沖縄人との対話が、復帰50年の現在を逆照射する。(2022.05.01発行)