碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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【書評した本】 若松宗雄『松田聖子の誕生』

2022年09月04日 | 書評した本たち

 

 

1本のカセットテープから始まる誕生秘話

若松宗雄『松田聖子の誕生』

新潮新書 902円

 

松田聖子がデビュー曲『裸足の季節』と共に登場したのは1980年4月。突然現れて一気にトップアイドルとなった印象だが、その背後には様々なドラマがあった。

若松宗雄『松田聖子の誕生』は、当事者である音楽プロデューサーが語る「誕生秘話」である。

事の始まりは78年の5月に届いた1本のカセットテープだ。オーディションに応募してきた福岡県久留米市の高校生、蒲池法子(かまちのりこ)の歌 だった。その「清々しく、のびのびとして力強い」歌声は若松を圧倒した。

とはいえ、デビューは簡単なことではない。芸能界入りに反対する父親。若松が所属するCBS・ソニー社内の薄い反応。そして難航するプロダクション探し。中には「ああいう子は売れない」と断ってきた事務所もあったほどだ。

ところが、若松は決して諦めない。自分の直感と聖子の才能を一度も疑わないのだ。その「想い」の強さが、いくつもの壁を突破する力となっていく。

当時、アイドル歌手として歌謡界の中軸にいたのは山口百恵だ。南沙織のアンチテーゼである百恵は、過去のアイドルと一線を画する独特の存在だった。いわば、その百恵を否定する形で出てきたのが、誰にも似ていなかった聖子なのだ。

若松は言い切る。「私でなければ松田聖子をデビューさせることはできなかった。なぜなら私だけが彼女の可能性を信じ、見抜いていたからだ」。本書は昭和歌謡曲史の空白を埋める、貴重な回想記だ。

(週刊新潮 2022.09.01号)