1本のカセットテープから始まる誕生秘話
若松宗雄『松田聖子の誕生』
新潮新書 902円
松田聖子がデビュー曲『裸足の季節』と共に登場したのは1980年4月。突然現れて一気にトップアイドルとなった印象だが、その背後には様々なドラマがあった。
若松宗雄『松田聖子の誕生』は、当事者である音楽プロデューサーが語る「誕生秘話」である。
事の始まりは78年の5月に届いた1本のカセットテープだ。オーディションに応募してきた福岡県久留米市の高校生、蒲池法子(かまちのりこ)の歌 だった。その「清々しく、のびのびとして力強い」歌声は若松を圧倒した。
とはいえ、デビューは簡単なことではない。芸能界入りに反対する父親。若松が所属するCBS・ソニー社内の薄い反応。そして難航するプロダクション探し。中には「ああいう子は売れない」と断ってきた事務所もあったほどだ。
ところが、若松は決して諦めない。自分の直感と聖子の才能を一度も疑わないのだ。その「想い」の強さが、いくつもの壁を突破する力となっていく。
当時、アイドル歌手として歌謡界の中軸にいたのは山口百恵だ。南沙織のアンチテーゼである百恵は、過去のアイドルと一線を画する独特の存在だった。いわば、その百恵を否定する形で出てきたのが、誰にも似ていなかった聖子なのだ。
若松は言い切る。「私でなければ松田聖子をデビューさせることはできなかった。なぜなら私だけが彼女の可能性を信じ、見抜いていたからだ」。本書は昭和歌謡曲史の空白を埋める、貴重な回想記だ。
(週刊新潮 2022.09.01号)