【旧書回想】
週刊新潮に寄稿した
2021年1月前期の書評から
菊池治男『開高健は何をどう読み血肉としたか』
河出書房新社 2090円
不思議な味わいの一冊だ。著者は元雑誌編集者。『オーパ!』の旅にも同行している。遺された蔵書を手に取り、希代の作家が何を考えたのかを想像し、亡き人と対話するように自らの思いを語っていく。『ヘミングウエイ釣文学全集』『コン・ティキ号探検記』『嘔吐』などの折り込まれたページがヒントとなる。中には開高にとって「致命的なものを含んだ箇所」もありそうで実にスリリングだ。(2020.11.30発行)
安彦良和、石井 誠『安彦良和 マイ・バック・ページズ』
太田出版 2420円
『機動戦士ガンダム』などで知られる安彦良和。本書ではアニメーターとしてのスタートから、『ガンダム』のテレビシリーズと映画版、『アリオン』での漫画家デビュー、『ヴィナス戦記』の封印、そして小説への挑戦と離脱などが率直に語られていく。いわば「全仕事史」である。各作品の成り立ちはもちろん、テーマ性の継承、込められた思いやこだわりも、知るほどに新鮮な驚きの連続だ。(2020.12.04発行)
川本三郎「『細雪』とその時代」
中央公論新社 2640円
『荷風と東京』や『林芙美子の昭和』など、作家と作品を軸に大正・昭和の都市風景を見つめてきた著者。昭和11年秋に始まり16年春に終わる『細雪』にも独自の光を当てている。谷崎が描く都市の明と暗、表と裏。モダニズムと日本美の絶妙な融合。そして戦時下における大切な拠りどころとしての「家庭」などだ。関東大震災で失われ、さらに戦争が押し流していった「良き時代」がそこにある。(2020.12.10発行)
矢貫 隆『いつも鏡を見てる』
集英社 1760円
昔から世相を知りたければタクシードライバーに聞けといわれる。「走る密室」の中で彼らは何を見ているのか。登場するのは6人のドライバーだ。減反政策と農協からの巨額の借金で転身してきた者。バブル期、購入した絵を抱えて都内から信州の松本まで帰る夫婦を乗せる者。短篇小説のような筆致で語られるエピソードが、昭和からコロナ禍の現在までの社会と人間の姿を浮き彫りにしていく。(2020.12.09発行)
鈴木義昭『ピンク映画水滸伝 その誕生と興亡』
人間社文庫 990円
ピンク映画の第1号『肉体の市場』が公開されたのは昭和37年(1962)。「戦後日本映画の鬼っ子」の歴史を人と作品で辿るのが本書だ。現場は予算も人員も製作期間も最低限だったが、観客の欲求と監督たちの熱狂が交じり合った佳作が生まれていく。中でも若松孝二が率いた若松プロは突出した存在だ。エロスを武器に大手資本に挑み、映画市場を揺さぶった。真摯なアウトローたちに拍手だ。(2020.12.10発行)