<碓井広義の放送時評>
事実の発掘と記憶の継承
8月は平和と命について考える大切な機会だ。今年はNHKで放送された2本の原爆特集が強く印象に残った。
1本目は8月6日放送のNHKスペシャル「原爆が奪った“未来”~中学生8千人・生と死の記録~」だ。
あの日、広島の中心部で屋外作業をしていた、多くの中学生が犠牲となった。空襲による延焼を防ぐために家屋を取り壊す「建物疎開」に動員されていたのだ。その数、約8千人。
番組では学校や遺族が保存していた「死没者名簿」や「被災記録」を収集して分析を行った。生徒たちがどこで被爆し、どのように亡くなったのかを、人工知能(AI)を駆使して「可視化」したのだ。
画面の地図上で点滅する一つの光が1人の生徒だ。何が起きるのかも知らぬまま、自宅から作業現場へと向かう8千個の光。思わず「行くな!」と叫びたくなる。
当日亡くなったのは3千人以上。1カ月後には5千人を超えた。一方、九死に一生を得た生徒たちも「生き残った者の葛藤」を抱えて長い年月を生きてきた。
さらに見つかった会議の資料から、空襲の危険を理由に反対する学校側を、軍がねじ伏せるようにして動員を決めた経緯も明らかになる。戦争をする大人が子どもたちの未来を奪うことを、あらためて訴えていた。
8月13日に放送されたのが、ETV特集「“ナガサキ”の痕跡と生きて~188枚の“令和 原爆の絵”~」だ。
昨年、長崎で「原爆の絵」が募集された。たとえば86歳の女性は、防空壕(ごう)で見た光景を絵にしている。焼けただれた背中を無数のウジ虫が這いまわる男性と、それを七輪の煙で追い払おうとする女性の姿だ。
少女だった自分を見つめ返した、この女性の「悲しそうな目が忘れられない」と語る心情が痛ましい。
この「原爆の絵」の取り組みは初めてではない。だが、今回集まった絵には新たな特徴が二つあると番組は指摘する。
一つは描かれている場所が爆心地だけでなく、広範囲になったこと。生活の場や日常の中の原爆の実態を描いているのだ。
二つ目は、かつての惨状や亡くなった人たちの姿だけでなく、生き残った者たちが助け合う様子の絵が増えていることだ。時間の経過と共に、被爆者たちの思いもまた変化してきたのだ。
そして番組はこう結ばれていた。「長崎の被爆者たちが最後に伝えるのは、戦争を前にした日々の営みのもろさと尊さ。今、再び戦争の危機にある世界で、私たちに残された平和への道しるべです」
(北海道新聞 2022.09.03)