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後輩たちと姿がだぶった入学式

2014年04月10日 | Weblog
あの頃が懐かしく想う入学の
          今は教師でこの日を迎え









わたし自身が遥か前の中学校の入学式のことを思い出します。入学式前に自分のクラスの教室に入って先生を待っていました。




周りはほかの学校から来ている生徒もたくさんいます。物音一つせず、前を向いて緊張の中で先生が教室に入ってくるのをじっと待っていました。隣りの人と話すのも何となく気恥ずかしく、どうしたらよいのかわからないまま、背すじだけをピンと伸ばしていました。


その何とも言えない空気に耐えられず、そのときは、だれでもいいから、教室にやってきて指示をしてくれるのを待っていました。その、ういういしかった時代の様子が未だに心に焼き付いています。




あれから何十年も経った母校での入学式。縁があり、4月から母校の教員になって年の離れた後輩たちの入学式に初めて参加する機会を持ちました。朝、新入生たちがやってきました。先輩たちから歓迎されながら、教室に入って行きました。玄関を入る様子などを写真に撮ったりしました。





しばらくしてから、1年生の教室を覗いてみました。まるで自分がそこにいるようなあの時の様子が思い出されました。校舎は新しくなりましたが、何十年も前の自分がそこ座っているのではないかと思うような光景。真新しい制服に身を包まれながら、まさに顔を前に向けて、緊張感があふれた顔で座っています。


この生徒たちも自分と同じ気持ちで席についているのでしょうか。





当時耶馬溪鉄道が通っていましたが、あの時、入学式が終わって、なぜか理由はよく思い出さないのですが、わたしは親友のこうちゃんたちと列車にも乗らず重い荷物を持って歩いて帰ることになりました。


帰り道、鉄道の鉄橋を渡って帰ろうと話をしました。


長い・・・恐怖・・・今の世の中だったら、見た人や学校の先生からこっぴどく叱られているでしょう。

当時は、破天荒な行動が当たり前のようなところがありました。おそるおそる枕木を渡って行きました。踏み外すとまっさかさまに落ちていきます。


足も震えます。真ん中あたりで泣きそうになったのも思い出です。しかし、あまりの恐怖にこれ一回こっきりの冒険でした。



この鉄橋も、一昨年の豪雨で流されました。最近になって工事が始まりました。ところが入学式の今日、わたしの大切な思い出を宝箱から出してきたように、鉄橋の基礎の橋げたが全部にかかりました。復興のシンボルです。今日の入学式の日に、何十年も昔の入学式の日に渡った鉄橋が蘇りました。




母校の入学式の日に、いろんな中学生時代のことが思い出されました。地域で活躍している同級生や、後輩たちが来賓として来てくれていました。





これも母校での勤務だからこそです。第50回の入学式でした。50回の歴史の中に自分自身の入学式も入っています。
 



当時は一学年で200人近くいましたが、今日は18人の入学でした。人数は少なくなっていますが、後輩たちの活躍に期待しています。学校を盛り上げていって欲しいです。