香川県の高松城跡の様子をまとめました。高松城は別名『玉藻城(たまもじょう)』と呼ばれています。万葉集で柿本人麻呂が讃岐の国の枕詞に「玉藻よし」と詠んだ事にちなんで、この周辺海域を玉藻の浦と呼ばれていた事によるといわれてます。
この城はかっては瀬戸内海に直接面していて堀には海水が引き込まれて、軍船が直接城内に出入り出来るようになっていている、日本初の本格的な海城として設計されたようです。
この高松城の写真をまとめたフォトチャンネルも新規追加致しました。
≪1≫艮櫓(うしとらやぐら)・旧太鼓櫓
≪2≫月見櫓(つきみやぐら)・水手御門(みてごもん)・渡櫓(わたりやぐら)
≪3≫天守閣跡・・天守閣は現存していません。
≪4≫鞘橋(さやばし)・・本丸と二の丸を結ぶ連絡橋。
この城はかっては瀬戸内海に直接面していて堀には海水が引き込まれて、軍船が直接城内に出入り出来るようになっていている、日本初の本格的な海城として設計されたようです。
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≪1≫艮櫓(うしとらやぐら)・旧太鼓櫓
≪2≫月見櫓(つきみやぐら)・水手御門(みてごもん)・渡櫓(わたりやぐら)
≪3≫天守閣跡・・天守閣は現存していません。
≪4≫鞘橋(さやばし)・・本丸と二の丸を結ぶ連絡橋。
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