忙しくて不規則だった仕事の父親は珍しく休みだったのです。
家には父親と幼い私の2人だけでした…。
母親は買い物に出かけていたのでしょうか…。
父親が京都市内の新京極の玩具店で写真機のセットを買ってくれていました。
父親がそのカメラで何か写そうといいます。
小さな木の箱のカメラです。
箱の前面にレンズと簡単なレバー式のシャッターがついています。
箱の反対側に、すりガラスの窓が付いています。
レバー式のシャッターを開くと磨りガラスに景色が映ります。
ビューファインダーです…。
そこにフィルムを入れるようにスリットが切ってあります。
フィルムは黒い厚紙のケースに入っています。
父親はカメラをテーブルに置いて座敷から見える庭の紅葉の木に向けました。
フィルムをスリットに入れて,厚紙のケースの引き蓋をとります。
父親は
「1、2、3…」
と数えている間,シャッターを開いていました。
次に父親は、赤い現像液を入れた赤色のセルロイドの皿と
青い定着液を入れた青色のセルロイドの皿を用意しました。
薄暗い台所で父親はゴジャゴジャとフィルムを現像,定着して,
ジャブジャブと水で洗いました。
… … …
父親は私に濡れたフィルムを見せてくれます。
フィルムには庭の紅葉の木の陰画が写っていました。
初めて,写真の仕組みに触れたのです…。
私は、五歳ぐらいでした…。
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オモチャカメラのフィルムは赤い光線に感じない「オルソタイプ」でした。
薄暗いとはいえ暗室でない台所でフィルムを処理しても
カプらないように(フィルムか感光しないように)現像液が赤色に
なっていたのでしょう。
またフィルムは現像液に浸かるとフィルム感度が下がります。
青い定着液は赤い現像液と間違わないように着色してあったようです。
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この理屈は本格的に写真に興味を持ってから判りました。
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