終活(人生の終わりの為の死に向けての活動=参299話に書いています)を止めて、生活に忙しい私ですが、その整理中、小中学校の友達の色の変わった4円や5円の年賀状が何枚か出て来ました。もの持ちがいいのに驚きますが、今は その友人の名前すら忘れていました。その一人は不良と言う迄いかないものの、女の子を自転車の後ろに立たせ乗せていた事を思い出します。その彼の年賀状の字が綺麗で文章も素晴らしいので驚きました。なんでも取っておくべきだと改めて思います。一枚のハガキで、様々な人を思い出しました。
山本周五郎の短編‘修業綺憚(きたん)’に何にでも人並み以上で、他人が馬鹿に見えて来て腹が立ち他人を乱暴に扱うようになってしまう主人公の話が載っていました。
私の場合は、当然そのような事は無いですが、例えばスポーツですが人並み程度に何でも比較的短時間にそこそこできていました。でも、何でも直ぐにできるのは、良かったのかと考える様になりました。普通以上にでき、今やっている卓球の事ですが、一様コーチと対等に遊びゲームができ、それなりにやれる様になりました。それなりに出来るとの事で、ゴルフで90代、スキーでスラローム、テニス(うるさくアドバイス)そしてボーリング(200)等、そう努力せずにそこそそ上手くでき、極める迄いかないのでした。少し遅い、多分、大分遅い遅すぎると思いますが、今なら、そう言う見かたができるのでした。結局、そこそこ要領が良いのです。
パソコンもそうです、段階的に学んだ訳では無く、マニアル等読まずに自分流にやって、大して困らないから、今さら聞けない事も多くある状態です。とりあえず失敗してもやって前に進んで行くと言うやり方です。そして、何でもやって見ると、そこそこできます。自分でも良かったと思えるのは、何でも直ぐに新しいものを取り入れようとした事でした。しかし、ちょっとの違いが、結果大きく違って来たのでした。
この様な状態ですので、現在のパソコンオールマイティの仕事の世界はきつかったです。マニアルもロクに読まず、大体がアバウトでした。それで通る時代でした、そうだから仕事ができたのでした。営業の時には、パソコンで築きあげた数字に反論の余地は無かったでした。現在は、ただ、数字数字、数字さえ合えばどうにかなるものです。誤魔化し断りだけ、上手になりました。
今までの事を振り返り、自分ができるのに他人ができない事が分らないと、ひとを馬鹿にしたりした事がなかっただろうか。他人に教えると言う事は、何事においても教えられる身になって、それなりに努力しなくてはいけなったのです。自分では今までも努力して来たと思いますが、今思うと実際はそれ程苦労した訳ではありませんでした。教師になりたいと、良く自信を持っていたと思います。遅いですが反省しています(反省ばかりで済みません)。思い出しましたが、これでも大学の教壇に立った事があったのです。怖ろしい,,,
人間努力せずして何でもできる、器用貧乏とはウマく言ったものです。今からでも、遅く無いと頑張ります。
山本周五郎の短編‘修業綺憚(きたん)’に何にでも人並み以上で、他人が馬鹿に見えて来て腹が立ち他人を乱暴に扱うようになってしまう主人公の話が載っていました。
私の場合は、当然そのような事は無いですが、例えばスポーツですが人並み程度に何でも比較的短時間にそこそこできていました。でも、何でも直ぐにできるのは、良かったのかと考える様になりました。普通以上にでき、今やっている卓球の事ですが、一様コーチと対等に遊びゲームができ、それなりにやれる様になりました。それなりに出来るとの事で、ゴルフで90代、スキーでスラローム、テニス(うるさくアドバイス)そしてボーリング(200)等、そう努力せずにそこそそ上手くでき、極める迄いかないのでした。少し遅い、多分、大分遅い遅すぎると思いますが、今なら、そう言う見かたができるのでした。結局、そこそこ要領が良いのです。
パソコンもそうです、段階的に学んだ訳では無く、マニアル等読まずに自分流にやって、大して困らないから、今さら聞けない事も多くある状態です。とりあえず失敗してもやって前に進んで行くと言うやり方です。そして、何でもやって見ると、そこそこできます。自分でも良かったと思えるのは、何でも直ぐに新しいものを取り入れようとした事でした。しかし、ちょっとの違いが、結果大きく違って来たのでした。
この様な状態ですので、現在のパソコンオールマイティの仕事の世界はきつかったです。マニアルもロクに読まず、大体がアバウトでした。それで通る時代でした、そうだから仕事ができたのでした。営業の時には、パソコンで築きあげた数字に反論の余地は無かったでした。現在は、ただ、数字数字、数字さえ合えばどうにかなるものです。誤魔化し断りだけ、上手になりました。
今までの事を振り返り、自分ができるのに他人ができない事が分らないと、ひとを馬鹿にしたりした事がなかっただろうか。他人に教えると言う事は、何事においても教えられる身になって、それなりに努力しなくてはいけなったのです。自分では今までも努力して来たと思いますが、今思うと実際はそれ程苦労した訳ではありませんでした。教師になりたいと、良く自信を持っていたと思います。遅いですが反省しています(反省ばかりで済みません)。思い出しましたが、これでも大学の教壇に立った事があったのです。怖ろしい,,,
人間努力せずして何でもできる、器用貧乏とはウマく言ったものです。今からでも、遅く無いと頑張ります。