内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

四時間しゃべり通す、でもお湯は来ない

2014-09-11 18:21:17 | 講義の余白から

 今朝、ガス会社の担当者が来てメーターを設置することになっていた。七時四五分から十時の間に来るという約束になっていた。私は十時から講義がある。家から大学まで少なくとも三十分は見なくてはならない。九時過ぎまで待つが来ない。仕方なしに家を出る。路面電車の駅まで徒歩八分かかるが、その間に頭を出講モードに切り替える。今日は二コマ四時間。
 一コマ目は、学部二年生の上代日本文学史。百人は優に収容できるかなり急勾配の階段教室。二年生の登録数は平均して一年生の半分、三年生の倍、つまり学年が上がるに従って学生数は半減していくというのがフランスの大学の一般的傾向であるが、もちろん年により大学により多少の増減はある。昨日の三年生が二七名であったから、だいたい五十名前後を予想していたが、それよりかなり少ない。出席票を講義の後で回収して数えると、三十五名。
 大きな教室なのに学生数が少ないと、教師も学生もどうしても調子が出にくいものであるが、今日は二年生との初顔合わせであるから、最初が肝心とばかりに、声を大きくして初めからハイペースで話し始め、学生の注意を一気に引きつけるようにした。ただ、その場合でも、ところどころで落ちをつけることは、彼らに集中力を維持させるためにも必要だ。
 昨日から今朝までかけて準備したパワーポイントを使って、大きなスクリーンに検討対象の文章を大写しにし、各文の構成要素を機能別に複数の色を使って塗り分け、徹底的に文の構造を分析しながら、昨日同様、文学史を学ぶことの意義、そのために自覚的に取るべき姿勢、古典文学をその歴史的文脈において理解するために必要とされる作業等を説明していった。
 彼らはまだ二年生になったばかりで、一年生の間は日本語の文章を読んだことがあるといっても、教科書の中の日本語だけであるから、実際に使われている日本語の文章(高校レベル)に接するのは、これが初めてという学生も少なくない。だからといって、私は易しい日本語から始めるということをしない。これは前任校でもそうだった。いきなり一年後には到達していなければならない水準を示す。当然彼らは自分たちの現在の日本語能力ではまったく歯がたたない文章を前に愕然とする。しかし、この一年と二年との間にある歴然たるレベルの違いを最初に突きつけ、一年後に三年に進級するために要求されるこれからの飛躍的努力を自覚させることは彼ら自身のためなのだ。
 こちらは二時間しゃべり通し、学生たちはノートを取り続ける。筆記用具を投げ出し、途中でリタイアしてしまった学生もいる。しかし、全体として手応えは十分であった。
 休み時間なしで修士の一・二年合同演習の教室に移る。出席者は、十四名。二名欠席(うち一人は一昨日欠席理由を私に直接説明済)。この演習の目的は、来年二月に予定されている日本の大学の学生たちとの共同ゼミの準備学習である。日本語の一冊の本を読み込み、その理解を基に二月のゼミで日本人学生たちと二日間日本語で議論する。先日もちょっと触れたが、私が選んだテキストは高橋哲哉の『靖国問題』(ちくま新書)。今日のところは、なぜ私がこのテキストを選び、何がこのテキストを通じて問題になるのかということを、同書の仏語版のために高橋哲哉自身が書いたイントロダクションの一部を読みながら、関連する問題、参考文献、今現在の日本の政治的状況等にも触れつつ、すべてフランス語で話した。学生たちの集中力も最後まで途切れることがなく、皆かなり強い関心を持ってくれたようである。
 この演習は隔週で、次回は二週間後だが、その回も私の方で第一章の紹介と分析を行う。その次の回からは、今日四つのグループに分かれた学生たちが、各グループ一章ずつ内容紹介と分析・批判的検討を発表していく。その作業を通じて全体の理解を深めた上で、二月までに共同ゼミでのグループごとの発表テーマを決め、日本語での発表原稿を準備する。学生たちにはちょっと負担の大きい課題だし、それを指導する私もかなりの時間を準備に割くことを求められるだろうが、問題自体は真剣に取り組むべきまさに現在的な課題であるから、彼らとともにまずは問題の理解を深め、より普遍的な問題を具体的な手がりを通じで考えていく態度を学んでいきたい。
 というわけで、二コマとも大変うまくいったのであるが、それでもガスはまだ来ないのである。帰宅すると、郵便受けに不在通知が入っていた。係員は九時二五分に来たようである。つまり彼に落ち度はない。十時から講義があることをわかっていながら、一日も早くお湯が欲しかったので「賭け」に出たわけであるが、見事に外れたわけである。不在票に記されていた連絡先に電話し、改めてメーター設置の予約をした。来週水曜日の午前中である。つまり、さらに一週間お湯なしの生活が続く。