古代ギリシャの叙事詩人ヘシオドスは、英雄たちは、永遠のうちにいつまでも輝かしくそのままで在りながら、死すべき存在である人間たちを見守っている、と言っていた。このような思想が、キリスト教的な諸希望の間にあって、それらとは区別されるそれ固有の位置を占めている、とラヴェッソンは言う。
Les héros, disait le vieil Hésiode, veillent de leur éternel séjour au salut des mortels. C’est une idée qui a pris sa place parmi les espérances chrétiennes (p. 119).
ラヴェッソンの英雄論をこの短い段落を読んだだけでよく理解することはできない。その理解のためには、ラヴェッソンが英雄についてかなり詳しく論じている『遺書』のはじめの方を思い出す必要がある。
La grandeur d’âme était le propre des héros. Le sort des autres les touchait comme le leur. Ils avaient conscience d’une force en eux qui les mettait en état de s’élever au-dessus des circonstances, qui les disposait à se porter au secours des faibles. Ils se croyaient appelés, par leur origine, à délivrer la terre des monstres qui l’infestaient (p. 14).
魂の偉大さは英雄たちに固有なものであった。他者たちの命運が自分たちのそれのごとくに英雄たちの心を打った。その都度の状況を超出することを可能にする力が己のうちに具わっていることを英雄たちは自覚していた。その力が英雄たちを弱き者たちの救いへと向かわせた。英雄たちは、その生まれからして、この大地を台無しにしている怪物たちから大地を開放するべく召命を受けていると信じていた。
ラヴェッソンにとって、英雄とは、有限の生を与えられた人間たちの運命を自分の運命として引き受け、自分自身ためにではなく、世界のために生きる半神的存在である、ということがここからわかる。