内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

来年度日仏合同ゼミ課題図書 ― 谷崎潤一郎『陰翳礼讃』

2019-07-12 19:51:39 | 講義の余白から

 ベルクソンの『物質と記憶』の世界の探検を放棄したわけではない。次に考えてみたい問題が過去と記憶の問題で、ここに私の主な関心もあるので、もう少しテキストをじっくり読んでから立ち戻りたいと思っている。
 毎年二月初めに、法政大学の哲学科の学部生たちとストラスブール大学日本学科の修士の学生たちとの合同ゼミが行われることは、このブログでも毎年その時期になると話題にしてきた。私が担当し始めたのは二〇一五年からで、来年二月で六回目になる。九月からそれぞれ授業の枠内で共通の課題図書を読みながら合同ゼミの発表を準備していくのだが、その課題図書を決め、法政のA 先生にご提案し、ご承認をいただいたのが今週の月曜日だった。
 今年ゼミ終了直後から来年の課題図書を早速探し始め、オイゲン・ヘリゲルの『弓と禅』(角川ソフィア文庫)にほぼ決めかけていたのだが、その仏訳を最近読み直してみて、原テキストそのものの難しさゆえということもあるだろうが、仏訳に問題箇所が散見され、結局、これは使えないと判断するに到った。内容そのものは実に興味深いし、日本語訳の方は信頼できる訳なので、残念だが、仕方ない。
 選んだテキストは谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』である。日本の美学に関心を持つ者であれば、一度は読んでおくべき作品である。原テキストは、文庫本で五、六十頁と短いから、数ヶ月かけて原文を徹底して精読できる(こちらでは、新旧二つの仏訳の比較検討もその過程に含まれる)。本作品は、日本固有の伝統美の粋としての「陰翳」の称賛に尽きるものではなく、より普遍的な美学的問題を内包している。技術文明と伝統美の調和、西洋の美意識との比較、生活空間における光と影の関係、建築・工芸・芸能など多様な分野における美の表現等々、様々な問題領域への考察の展開も可能である。
 来年度は、ここ数年のプログラムの順序を変更し、合同ゼミの冒頭に講演を持ってくることにした。毎年、専任教員が順番に講演を担当してきたのだが、それが一巡して来年は私が担当する。そこで、その講演をプログラム全体の「キーノート」にしようというのがその意図である。これから半年間、私自身『陰翳礼讃』を精読し、日本語での『陰翳礼讃』論だけでなく、仏語の美学関連書籍にも広く目を配り、周到な準備をするつもりである。