旅倶楽部「こま通信」日記

これまで3500日以上世界を旅してきた小松が、より実り多い旅の実現と豊かな日常の為に主催する旅行クラブです。

ユングフラウヨッホを見てからジュネーブへ

2019-05-25 12:00:00 | スイス
インターラーケンからグリンデルワルドの隣駅=グルンド駅までバス。そこから登山列車に乗った。

曇りがちだが雨は降っていない。眺望もある

クライネ・シャイディックで乗換、標高3454mにあるユングフラウヨッホ駅に到着。
「え?なんでここに」↓ここにある郵便局は日本の富士山五合目郵便局と姉妹提携をしている↓

すぐに、さらに上にある「スフィンクス展望台」へのエレベーター乗り場へ向かう↓

標高3571mの展望台で屋外に出る↓

ものおじしないカラス?が、手のひらの上にのせた食べ物をついばむ↓なれてますねぇ

風がなかったのでしばらく滞在し、再びエレベータで下におりる。
駅へ戻るのに別のルートを歩く↓近年ここは遊園地のアトラクションのようにどんどん新しい展示がされていた↓

↓こんな牛ちゃんも(^.^)


↓工事の歴史を語るコーナーの一角に、亡くなった労働者の名前と生没年が記されていた↓

ドイツ系、イタリア系、フランス系、さまさまの名前があった

駅にもどってアレッチ氷河側の窓を見る↓

一時間半ほどの滞在の後下りの電車に乗り、クライネシャイディックに戻る。
駅舎にあるレストランでランチ↓

↑ぐつぐつ熱いチーズが陶器の器に入っている。
カリカリのオニオンもわるくない。HPによると名のあるシェフがこのレストランのメニューを一新させたのだそうだ。
ツアー用のメニューでもこれだけの質を提供するのはたいしたものだ。

↓グリンデルワルドに降りる電車に乗る↓

↓標高が下がるにしたがい花畑もみえてきた

↓グリンデルワルド駅に到着

少しだけ自由時間。近くのCOOPへ↓

↓おいしそうな旬のアスパラ

↓セルフ・レジはどこの国でも普及しはじめている

***

バスがベルンを経由する時、見覚えのある建物がほんの十秒ほど見えた↓
「パウル・クレーセンター」↓

★2012年にここに付属の素晴らしいレストランを訪れた時の写真をごらんください
通常のパッケージツアーではなかなか時間がないけれど、また行ける機会をつくりたい(^.^)

↓フランス語圏に向かう

だんだん空模様があやしくなってきた

ジュネーブ近くのフランス領トアリーのホテルに入るとびっくりするようなどしゃ降りに。

夕食がホテルでほんとによかった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ノイシュバンシュタイン城からスイスへ

2019-05-24 09:00:56 | ドイツ
雪のアルプスはドイツとオーストリアの国境↓
↓ノイシュバンシュタイン城が小さく見えてきた

↓バイエルン王ルードヴィッヒ二世がこの城を建造したのは日本なら明治時代

ジーメンスが電気配線をしたセントラルヒーティング完備の趣味の城である。

今日はこの景色が見える村に泊まる

翌朝、山が赤くなるのが牛小屋のむこうに見えた

**
乗合シャトルバスでマリエン橋へ

城が最もきれいに見える場所かもしれない

この橋はルードヴィッヒ二世の父であるマクシミリアン二世が木製でかけていたものを、ノイシュバンシュタイン城の建築にあわせて最新の鉄の橋にかけかえられた。

頑丈な橋だが近年あんまりにも観光客が多くなりすぎて人数制限をはじめたようだ

↓橋から城まで徒歩二十分ほど
途中で下に黄色いホーエンシュバンガウ城が見える↓

ルードヴィッヒ二世は子供の頃からあそこに住んで、このノイシュバンシュタイン城の場所にあった中世のシュバンシュタイン城廃墟を見て育ったのだ。


趣味の城ノイ(新)シュバンシュタイン城の下へやってきた。

内部は撮影禁止
***
入場後馬車道を歩いて降りる

昼食後の13時半、駐車場からバスにのりスイスへ向かった

***
コンスタンツ湖の近くでオーストリアとの国境をこえる↓

ドライブインでストップ
景色も通貨もかわらないが、お土産だけモーツァルトチョコレートが置かれている
↓ふたたびバスに乗るとすぐにスイス領へ

ドライバーの簡単なチェックだけで我々にはパスポートを見せろとも言われない

スイスらしい雄大な山並みが近づいてきた

氷河湖なので小さな湖でも水深百メートル程度はふつう

途中の峠でルンゲン湖を見晴らす

↓ベルナーオーバーランド、山々に守られた地形のスイスの心臓部にはいってゆく

↓今日のホテルはスイスのシャレー風

インターラーケン西駅近くのお店で
前菜にラクレットがでた。もっと食べたいなぁ。

21時過ぎ、ようやく夕暮れとなる

↓明日朝に登山列車で向かうユングフラウ駅の灯りが見えた


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ローテンブルグをさっと

2019-05-23 12:00:38 | ドイツ
今日はローテンブルグも二時間程度の時間でさっとご案内しなくてはならない。
↓北の城壁近くの店でランチの後

マルクト広場からブルグ公園へ向かう。
↓途中に天皇陛下がお泊りになったというホテル「アイゼンフート」↓なるほど鉄の帽子だ

13世紀にユダヤ人の集会場があった「白い塔」の前庭↓ヘブライ文字の墓碑が壁に埋められている

ローテンブルグに限らず、中世のユダヤ人は20世紀の迫害以上にきびしい時代を生きてきた↓
ヒトラーはそれを利用したのだ
↓ブルグ公園の記念碑は1998年に置かれた↓
※これについてこちらに書きました


この記念碑のあるブルグ公園への入口門↓
↓城の側から

↓街の側から

ふたたびヘーレンガッセ(「旦那衆通り」)を歩いていると、こんな解説が立てられていた↓

現ローマ法王フランシスコ一世は1986年8月2日から10月2日までドイツ語習得の為にフランシスコ教会に滞在していたのだそうな。

↓ほんの十五分でも、小松がローテンブルグでいちばん見ていただきたい「聖血祭壇」へご案内しよう

それは★ヤーコプ教会にある
かつてローテンブルグは、この「キリスト血」に出会うべく多くの巡礼がやってきた↓

↑祭壇は1506年ごろまでに四十代のリーメンシュナイダーが彫り、聖なる血は水晶の球に納められた
「最後の晩餐」を描いているのだが、中央にユダが配置されている↓

↑左に立つキリストの手がユダの口元にパンをもっていく
裏切り者が誰なのかがあきらかになるシーン。
かつてこの彫刻を見上げた巡礼たちは、はっと気づかされたのではないだろうか。
「この場面で一番苦しんでいるのはユダに違いない」
最も弱く苦しむ者こそが救われるべき存在の筈だ。
ほとんどの人はキリストのようにも聖者のようにも生きられはしない。
むしろ自分はユダのような弱き心しか持ちえない。

こんな構図の祭壇を発案したリーメンシュナイダーは、自画像をこの群像の中に入れている↓
↓こちらを向いているヤーコブこそがそれ↓この方向から見ると目が合う

この祭壇にOKを出した当時の教会責任者もなかなかの人物ですな(^.^)

下の階にある主祭壇↓

ここに描かれた巡礼を助ける奇跡の話の一角に、1400年代中ごろのマルクト広場が描かれている↓

↑左の市庁舎をよく見ると、現在のものと建物の半分が違っているのが分かる↑
↓これが現在の市庁舎

右半分が1501年の火事で焼けてしまい、ルネサンススタイルで建てなおされた。
左半分は13世紀のオリジナル、ゴシック建築のままなのであります。

16:30バスの駐車場からノイシュバンシュタイン城近くの村へ向かう。
到着は午後八時ぐらいになるかしらん。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ハイデルベルグを二時間でさっと

2019-05-23 09:00:00 | ドイツ
ハイデルベルグ城は廃墟だが美しい

↑17世紀はじめ、宗教戦争勃発前夜に建設された円形の舞踏広間は今も窓枠だけをとどめている。
今日は内部まで見学する時間はないができるだけ。
↓これはかつての学生寮

↓18世紀に城を修復したカール・テオドールのイニシャルが門番小屋に残されている↓

↓ケーブルカーを参加のみなさんにご負担いただいてケーブルカーで旧市街へ降りる


ネッカー川にはアルテ・ブリュッケ(古い橋)↓

↑門はかつて監獄にも使われていた

立っている石像はカール・テオドールその人

↑足元に領内を流れる四つの川を表す神々の像をしたがえている。
↓足の下の橋にはかつて洪水が起きた時の水位が記されている↓

橋から見上げたハイデルベルグ城↓

橋から騎士の家↓の前へ

途中に「学生のキッス」というハイデルベルグのチョコレート屋さんがある↓

ハイデルベルグ大学がはじめて女学生を受け入れた時、男女の間は衝立でしきられていたのだそうな。
それでも、男女が席を同じくすれば起きることは起きる。


老舗の免税店でトイレを借りる。
観光用の免税店と侮るなかれ。ドイツのいろんな商品をよく選んで置いてある。
こんな物までみつけてくるとは↓

広いデパートであたふた走り回ってあげくに中国製の品を買ってしまうよりもずっと効率的な買い物が出来るとおもう。

ネッカー川沿いの駐車場へ向かう





コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

リューデスハイムの晴れた午後七時半

2019-05-22 20:00:51 | ドイツ
葡萄畑の広がる丘から古城とライン川が見晴らせた↓

**
羽田からの直行便は午後四時半にフランクフルト空港に到着。
アウトバーンは混んでいたが午後六時半にはリューデスハイム旧市街のホテルにチェックインできた。

晴れた午後七時。まだまだ元気な皆さんを散歩に誘い出す。
はじめてのヨーロッパの印象がこの葡萄畑になりますように(^.^)。
村はずれの小さな道をあがれば葡萄畑↓

陽の長い北ヨーロッパの五月。遠くの修道院が少し傾いた陽があたっている。

葡萄作りは継続的・安定的・知的な作業が必要。
中世ヨーロッパでは修道院が最適なワイン育成機関だったということ。

中世のライン川は物流のメインルートだった。
それを守る?襲う?リューデスハイムの「騎士」の城



***※ここから2008年9月に訪れた時の写真を引用します
この丘の上にはラインの向こうを見据えるゲルマンの女神の像がある↓

1871年にフランスとの戦争に勝ったドイツ=かつてのプロイセンが設置した
最初の石を置いた皇帝ヴィルヘルム一世と「鉄の宰相」=ビスマルクが刻まれている

リューデスハイムの村から葡萄畑の上をいく小さなゴンドラもある
9月末のあの日は、葡萄が実っていた

ほんとに小さくて大人二人しか乗れないのだがそれが楽しい

十年前の写真を引っ張り出してあの時間を思い出した。
今日撮影した写真も十年後にそんな風に使ってもらえますように。
****
ふたたび2019年5月
村に降りて、有名な「つぐみ横丁」の店で

この時期ならではの白アスパラをいただきました↓


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする